見出し画像

【徒然なる活版旅〜フランス編〜】Atelier-Musée de l'Imprimerie

眠らぬ街ならぬ眠らぬ空港ドバイを経て、10時間かけて到着したフランス。
ドバイ空港について1記事かけそうなくらいすごい空港だったけど、それは置いておいて。
日本はまだ残暑どころか酷暑残る2022年9月、活版印刷工である仲間が短期間のドイツ活版留学へ行っていることに便乗して、仲間達とともに活版印刷研修旅行inヨーロッパを敢行したわけである。

果てしないAMIへの道

時差ボケてる暇もなく、到着翌朝、まだ空が明るくなる前に出発したのは「Atelier-Musée de l'Imprimerie アトリエ ミュゼ ド ランプリムリー」通称「AMI」である。

今回、私たちをAMIへ連れて行ってくださったのはフランス、パリ在住の写真家櫻井朋成さん
実はこの時でお会いするのが2回目。
東京で版画技法を使って写真を印刷するというエリオグラビュールで個展をされていた際に私がお邪魔したことでお知り合いになった。

AMIは「Atelier-Musée アトリエミュゼ」となっているように博物館にアトリエ(印刷工房)が併設されている施設。
そしてその施設は「Amis de L’AMI –アミのアミ– 」※(アミはフランス語で友達という意味)になることでアトリエで自主制作ができるというシステムを設けているのである。
櫻井さんはそこの唯一の日本人会員だった。
※有料会員システムの名称

どこぞの馬の骨とわからぬ私たちを、快く車を出して連れて行ってくださった櫻井さん。図々しいと思いながらもその優しさに甘えに甘えてしまったわけだが正直本当に助かった。
というのもこのAMI、なかなか行きにくい。

場所はパリがあるイル・ド・フランス地域圏とロワール地方の境目あたりにある「Malesherbes マルゼルブ」。
マルゼルブからロワール地方だ。
イル・ド・フランス地域圏とは日本で置き換えたら首都圏みたいなもの。
となるとマルゼルブは神奈川と静岡の県境にある御殿場らへんだろうか(どうでもいい)。

パリのリヨン駅からうまくいけば1時間半、2時間もしないで到着できるそうだが、遅延などで乗り継ぎ失敗すると3時間かかってしまうこともあるそう。日本のように時間通り来ないヨーロッパの電車は一歩間違えたら乗り換え地獄なので恐ろしい。

それでも行く価値は大いにある。
なんてったってヨーロッパ最大級の印刷博物館である。
ヨーロッパ最大級の印刷博物館なのだ。

驚くことにパリにいる知人は誰一人知らなかった。
版画や活版印刷の関係者でさえ知らなかった。
ヨーロッパ最大級の印刷博物館なのにだ。

ヨーロッパ最大級の印刷博物館

さすがヨーロッパ最大級の印刷博物館(4回目)なだけあって、その敷地はとても広大だ。この奥行きがお分かりいただけるだろうか。

こちらは金属の印刷機コーナー。金属〜があるということは…おわかりいただけるだろうか。

ちなみに別の部屋にシアターのようなセミナールームがあり、企画展をしている展示室があり、裏にはアトリエがある。

蔵書を積み上げたセミナールームの入り口。ちなみに展示してるのと同じくらいの量の蔵書が裏にまだあるらしい。

もともと大手印刷会社の工場があった場所とのこと。
それを印刷にまつわる全ての分野を学びながら体験、制作できる場所へと変えオープンしたのが2018年。
5年も経ってるのにみんな知らなかった。

印刷にまつわるというのだから、紙、インキ、印刷機、文字、製本、出版、パッケージ、そして印刷技法もリトグラフ、フォトグラビュール、オフセット、シルクスクリーン、木版、銅版、デジタル印刷そして活版印刷など多岐に渡る。
アトリエには3Dプリンターなんかもあった。

これは印刷とか断裁とかする前の状態の紙のロール。

案内してくれたのはアトリエで活版印刷やリトグラフなどを教えているルネさん、ミシェルさん、ブノアさん。

左からルネさん(なんと88歳!お元気!)、ミシェルさん、ブノアさん

まるでジブリに出てくるような素敵なおじいちゃんトリオ。
裏から楽器を持ってきて「カントリーロード」演奏しだすんじゃないか。

まず出迎えてくれるのは活版印刷を発明したグーテンベルグが最初に作ったというグーテンベルグ印刷機の公式レプリカ。
当時の印刷機は木でできていたそうだけど、木は湿度や温度によって収縮するため精密な見当合わせができなかったそう。

ちゃんと印刷もできる

製紙のコーナー

紙漉き体験をさせてくれたのだけど、ちゃんと紙漉きできるまで次に行かせてくれないブノアさん。
ちょっと欠けただけでもやり直させられる。
厳しい。

活字鋳造のコーナー

溶けた鉛をスープのように床に流すブノアさん。

スープみたいにお玉で鉛をすくうブノアさん
床に流しちゃった
「すぐに固まったでしょ、ほら。」

活字鋳造機は母型と言われる活字の型を、作りたい文字ごとに入れ替えて鋳造するタイプと、MONOTYPEとLINOTYPEというタイプライターのように文字を打ちながら打った文字が鋳造されて出てくるタイプとある。MONOTYPEは1文字ずつ鋳造されるのに対して、LINOTYPEは文字列で鋳造されて出てくる。MONOTYPEもLINOTYPEもアルファベットという限られた文字数だからできる鋳造方法だ。

LINOTYPEで鋳造された活字文

ちなみに金属活字は鉛と錫とアンチモンの配合でできているのだけど、MONOTYPEとLINOTYPEでは配合が違うんだって。へー。

MONOTYPEの金属棒
LINOTYPEの金属棒

ちなみにダメになった活字やカスはもう一度とかして金属棒に生成。

この活字やカスが上の画像の金属棒に生成される

活字のコーナー

言語によってアルファベットをどう並べているのか違ってくるそう。
フランス語はe,i,s,oをよく使うから真ん中に配置。
ドイツ語はまた違うんだって。

フランス語の活字の配置 通称「パリジャン」

ちなみに活字の金属はとても柔らかい。
使っていけば摩耗していくし高さもバラバラになっていく。
その高さを測る道具や、目安となる道具もある。

手前から2番目にある道具が活字の高さを測るもの
活字の高さの目安になる道具

あれ、でも日本の活字の高さと違うね。
日本は大体23.45mmが活字の高さとされている。
欧米でもヨーロッパとアメリカで活字の高さは違うとのこと。
活字組版は0.01mmの調整がいる世界だ。

カリグラフィのコーナー

昔の作家たちの直筆の手紙から、当時どんなふうに文字を書いていたかが見れる。癖のある文字から、神経質そうな文字、いや読めんやろという文字まで、それぞれの人となりがわかるようで興味深い。
ジョルジュ・サンドのお手紙が美しかった。

額装された昔の著名人たちの直筆手紙

ここは子供むけにカリグラフィワークショップも開催しているようだ。
紙漉きコーナーもそうだけど、所々に体験コーナーがあるのがとても良い。

様々な印刷機

展示室がこれだけ広大なのだから、普段なかなかお目見えできない大きな印刷機もたくさん展示されている。

木活字で組んである

16ページを一気に印刷できる活版印刷機や、何人もの人が上に下にと操作しないと印刷出来ない新聞の印刷機。

書籍の印刷のために全て金属活字で組版してある
この機械、ちゃんと動く

もうたくさんありすぎてまとめて展示しちゃえのコーナー。

印刷機の他に断裁機とかもある

まぁ、紹介したのはほんの一部。
情報量がとんでもない。
印刷がお好きな方は是非行かれることをオススメする。
是非ご自分の目で歩いてじっくり回って欲しい。
ちなみにこの時は企画展の準備中で展示を見ることはできなかったのだけど、毎回とても興味深い企画展も開催している。

印刷機や印刷現場が起用されている映画の紹介

アトリエのおじいちゃんたち

さて、ここまで見たのが午前中の出来事。
お昼過ぎまでじっくり博物館とアトリエを回って、近くのフォンテーヌブロー城でも寄って帰ろうかなんて軽く考えていたのだけどブノアさんが一言。
「じゃあ、続きは午後ね」
おじいちゃんたち午後もしっかり付き合ってくれるつもりだった。
私たちも博物館が楽しすぎてじっくり見てまわってしまった為、アトリエの方が全然見れていなかったのだ。
ちなみにアトリエの方は今回、アミのアミである櫻井さんのおかげで特別に見せていただいたが本来はプライベートエリアである。
会員になりたい方や、見学希望の方は事前に博物館へコンタクトを取る必要があるので注意。

裏にあるアトリエは多種多様な版種で制作ができる。
活版印刷の活字から校正機、リトグラフ石版の作業場、大きなポスターが印刷できるリトグラフ印刷機、樹脂版の製版機から銅版のプレス機、シルクスクリーン製版機、断裁機など博物館同様多岐に渡る。
こっちは実際に触って制作に使えるのだから、なんて贅沢な環境なんだろう。

アトリエのスペース

ちなみにジブリのおじいちゃんたちは活版印刷やリトグラフなどの素晴らしい技術をもった生き地引のような方々。
ここにきて制作している会員の人にアドバイスしたり教えたりもしている。
しかも別に博物館から雇われているわけでも、頼まれているわけでもない。
このおじいちゃんたちも有料会員なのである。

石板の削り方をレクチャーしてくださるミシェルさん

おじいちゃんたちは毎週木曜日にアトリエに来て、みんなで近くの定食屋さんでお昼ご飯を食べて帰る。
その間にアトリエに来ている他の人はおじいちゃんたちに色々と教えてもらうわけだ。
今回は櫻井さんのおかげでおじいちゃんたちに博物館を案内してもらい、アトリエで活版印刷やリトグラフについてのレクチャーを受けたわけだけど、終始とても楽しそうな嬉しそうな表情をしていた。
櫻井さん曰く、こんな活き活きしているおじいちゃんたちは初めて見たそう。
作ることも、学ぶことも、教えることも、とても好きな方達なのだと思う。

A1サイズくらいの印刷ができるリトグラフ印刷機を動かしてくれるおじいちゃん達

AMIは印刷の知識だけではなく、実際に体験したり触ったり学んだりすることができる施設だ。
博物館には来た人に印刷の楽しさや面白さを伝える様々な工夫がある。
アトリエにはアーティストやクリエイターに技術や知識を繋げる人と環境がある。
日本にもこういう体験型博物館がもっと増えれば良いのにな。

パリからは決して行けない距離でもなく、一日あれば十分楽しめるので是非気軽に行って欲しい。
パリに来られた方はAMI近くにあるフォンテーヌブロー城やバルビゾン村と併せて旅のプランに入れてみてはどうだろう。
あと印刷関係の人は絶対行ったほうがいい。

ちなみにAMIを後にした私たちはちゃっかり櫻井さんにフォンテーヌブロー城とバルビゾン村に連れていってもらい、はしゃぎにはしゃいで精魂尽き果ててパリに帰りました。
これフランス到着した次の日。
はじめだから飛ばしてると思うでしょう?


いや、終始ずっとこんな感じだった。


つづく

AMIについて

アクセス方法

パリからはリオン駅(Gare de Lyon)から出ている急行鉄道RERのD線で
マルゼルブ駅(Malesherbes)まで行ける。
線を乗り換えたらもっと早くつける方法もあるのだが、遅延リスクや乗り換えの手間を考えると多少時間がかかってもRER D線だけで行くほうがいいと思う。
リオン駅からマルゼルブ駅は大体1時間30分ほど(途中同じRER D線の駅でマルゼルブ駅行きの電車に乗り換え)。
終点がマルゼルブ駅なので、乗り換え時はマルゼルブ行き電車かどうかチェックして乗り換えよう。
マルゼルブ駅からは歩いて16分だ。
フランス郊外ののんびりした景色を眺めながら歩いていたらきっとあっという間に着くんじゃないだろうか。

AMI - Atelier Musée de l'Imprimerie
http://a-mi.fr/

70 Rue du Gén Patton, 45330 Le Malesherbois

開館時間

火曜日〜金曜日:9時〜17時30分
土曜日:14時〜17時30分
日曜日:10時〜17時30分
月曜日休館(事前予約の団体のみ可能)
※1月1日〜17日、19日、26日、2月2日、3月1日、12月24日、25日、31日は閉館
2023年以降の開館日はWEBサイトをチェック

入館料

大人:10€
シニア:8€
子供(6歳〜18歳):5€
6歳以下:無料
学生:5€
※2022年11月時点の情報

団体入館の場合、ガイドをつけてもらったりアトリエツアーなども可能なので(別料金)事前に問い合わせするのがベター。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?