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サッカー選手という神

FIFAワールドカップ2002日韓大会で日本代表を支えるなど、日本サッカー史に名を残す活躍をした松田直樹が練習中の急性心筋梗塞で緊急搬送されたのは2011年8月2日のこと。8月4日は命日にあたる。多くのサポーターが、8月4日の朝から松田直樹の在りし日の思い出、そして、今でも愛するサッカーを見守っていてほしいという想いをSNSで綴っている。

サポーターは「愛するクラブを応援し続けることで自分が幸せになれる」という強い信仰心を胸に秘めてスタジアムに足を運んでいる。サポーターライフはしばしば宗教活動に例えられ、クラブという信仰対象は絶対であり、サポーターライフに終わりは無いように感じる。

しかし、一方で、松田直樹のような選手は、クラブの垣根を超えて死して尚も別の輝きを放つ。月日を経て輝きは褪せるどころか眩しさを増し、一度もプレーを見たことがないという若い世代のサポーターまでもが松田直樹に引き寄せられている。また、書き込みには「天国で応援よろしくお願いします」「天国から見守っていてください」といったメッセージが目立つ。

乃木神社(乃木希典)、東郷神社(東郷平八郎)、明治神宮(明治天皇)、広瀬神社(広瀬武夫)、児玉神社(児玉 源太郎)、松下幸之助社(松下幸之助)・・・日本には、つい最近まで生きていた人(軍人が多い)が祀られる神社がある。太平洋戦争中、太平洋戦争以前には軍人は亡くなると戦勝や武運を与える「軍神」として祀られることがあった。

天国の松田直樹に祈りのメッセージを捧げるサポーターの想いを眺めてると「人が死して神になる」ことが「日本人の普遍の宗教観」なのだと感じる。そして、Jリーグスタートから四半世紀、21世紀の日本では、かつてのサッカー選手が神として崇められる存在になった。


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