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医者の後悔

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医者は後悔しても口に出すことは少ない。でも後悔の連続だ。
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#医師

遅すぎるのは承知だが謝りたい

遅すぎるのは承知だが謝りたい

≪看護師さん、ごめんなさい≫

その看護師さんは、研修医時代からの知り合いで、若いころの写真はアイドルのようにポーズをとって笑っていた。機知に富み仕事もできた。同世代であり話も合った。40代で彼女は主任となり、ゆくゆくは師長となるはずだった。
自然気胸の患者さんに胸腔ドレーンを挿入することになり、彼女が介助についた。患者さんの脇にメスを入れるが、介助が一向にすすまない。彼女はうろうろ、おどおどする

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記憶には意味がある

記憶には意味がある

≪3歳の記憶≫

いちばん遡れる記憶は3歳と2か月、伊勢湾台風の夜。米作りをしていた父母は田んぼを見に行ってしまい、2歳上の兄と二人で残された。ごうごうと荒れ狂う風雨が古い家を揺らしていた。停電していて真っ暗だった。私は恐ろしさで泣き続けた。兄は寝てしまっていた。ただただ恐ろしかった。父母はもう帰ってこないかもしれないと思っていた。
がらがらっと引き戸を開けて、黒いカッパから水をたらしながら父母が

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水がゴクゴク飲めなくなったら終わりにしたい

水がゴクゴク飲めなくなったら終わりにしたい

≪延命措置は希望せず≫

父と母が二人で施設に入ったのち、延命措置希望せずの書類を用意した。離れて暮らす私はすぐ駆けつけることができない。胃瘻や人工呼吸器がどういるものであるかを私は知っていたし、この同意書の重要性は身にしみていた。父も母も異論はなかった。
その日の父の日記には「延命措置は希望しない書類に署名した」と書かれていた。
その後、母が入院した。脳梗塞のようであった。麻痺はなかったが、立ち

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