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圧巻の画力とハイエンドのミステリー「夏目アラタの結婚」

・はじめに


ドラマ化された医龍、古典ミステリーの幽霊塔をベースにジェンダーを描いた幽麗塔、フランス革命を自由に描いた第3のデギオン。

美麗な作画と大胆かつ精巧に組まれたストーリーは、どちらもあまりにもハイエンドで、作画と原作ふたりのペンネームなのではと疑うほどの技量の乃木坂太郎先生。

その乃木坂太郎の最新作が現代日本の犯罪ミステリー「夏目アラタの結婚」。最新刊の第7巻では多々絡み合って縺れた謎の大半を、魔法か手品のようにサクっと解いた。そういう展開と読めてはいた、いたのだが、その謎解きの鮮やかさは圧巻だった。

乃木坂太郎、恐るべし。


・あらすじ


『 児童相談所で働く、昔は問題児だったが今は……正義感が溢れすぎて、子供のためなら暴力も厭わない問題公務員の夏目アラタ。

そんなアラタの名前を使って文通をしていた中学男子がいた。彼の名は登校拒否をしていた山下拓斗。そして彼が文通していたのは彼の父親を含めて3名の男性を殺し、バラバラ殺人事件の犯人として東京拘置所に拘置されている猟奇殺人犯の品川ピエロ。

見つかっていない拓斗の父親の頭部を探すため、名前のとおりの文通相手として品川ピエロに面会に行くアラタ。相手は事件当時にピエロのメイクをした太った醜女でバカな殺人鬼の女、品川ピエロ……のハズだったが、実際は歯並びが悪いだけの女子高生に間違えるかのような華奢な美女、品川真珠だった。

驚いたアラタは本当の文通相手と取り繕うために真珠に「結婚しようぜ」と口走ってしまう。そして面会室のアクリル窓越しでアラタと真珠の化かしあいが始まった。バカな殺人鬼で学歴もない、成績も劣悪だったハズの真珠は本当はとてつもなく頭がキレ、コロコロ変わる表情も普通はどれが本当なのか分からない演技力を持っていた。


そして真珠はアラタに言う「出るね。」


とまどうアラタだが、彼も問題家庭内の親と子の、酷いウソと素直なウソと付き合い、戦い慰める仕事をしてきた男だった。人の表情をちゃんと読める人間だった。簡単にはダマされない。

だが、化かしあいの中でアラタの目標「など」が変わっていく……真珠は本当に犯人なのか、真珠はなにものなのか、真珠の幼少期は?

アラタは自分の得意なところから真珠の謎を追っていく。

アラタの近辺、事件の関係者、弁護士、検察、裁判官まで巻き込んだ化かしあいは続く。

そして、いつしかアクリル窓越しではなく、裁判所の中で同じ空気を吸いながら沢山の人目の前で……


夏目アラタと夏目真珠の二人の化かしあいが行われている。』


・絡み縺れる糸


拓斗の父親の頭部を探すために真珠を探るアラタだが、真珠自体に何故ピエロのメイクだったのか、何故太っていたのか、何故痩せたのか、何故学力と知能が違うのか、何故歯並びが……と謎が多い。

真珠は状況によりアラタに他の犠牲者の不明の体のパーツの場所を話したりもするので、アラタも追及の化かしあいから逃れられない。さらに真珠は拘置所の壁、面会室のアクリル窓の中から、弁護士の宮前やアラタの同僚の桃をコントロールするのだ。もちろんアラタも。

どうやって?それは作品で確認を。

事件自体も謎が多い。殺された三人の関係性や、最後の事件ももうひとり誰かの血痕。真珠の自供も変化していく。逮捕された最後の事件で確かに品川ピエロはバラバラの遺体といたのだが。


・謎解きの魔法


登場人物は多い。だが無駄な人数は出していない。ミステリーを成立させる人間以外は基本的にいない。ちゃんと整理されている。そのあたりも含めて綺麗に整理された謎なのだけど、最新刊の7巻の序盤で今までの、特に真珠の謎の大半は綺麗に解かれる。

その謎解きの華麗さと魅せ方は本当に見事のひと言。ダラダラと説明があるワケではなく、説明はそれまでの話にすべて封じ込まれている。アラタの表情だけで全てが理解できる。たった1つのピースで。

大筋は読めていたものなのに、あまりにもその最後のピースが美しくて儚くて無残で綺麗なのだ。

マンガって凄い。


・これで終わるハズがない?


7巻での最後のピース。ただそれだけでこの話を纏めるとは思えない。深読みすれば、また大きな謎を呼んでくるピースなのだ。まだまだ深く掘れる。そういう話の設計とキャラクター配置をしていると思うのだが。

ただ、それを無粋とすればあと2巻くらいで終わらせられるのもまた事実。

できれば深く掘りして考えている方向でまた波乱を起こして欲しい気もするが、やる気になれば全然違う方向で展開する力量のある作者であり、どちらに進んでも面白いのだ。

なんとなくここでまだ半分な感じはするのだが、どうなるのか?

綺麗に終わるならドコでもいいけど、まだまだ読みたいと思うのだ。


・圧巻の画力


とにかく絵は素晴らく美麗。表紙や扉絵の美麗さは猟奇殺人ミステリーとは感じられないものなのだが、作内ではその真珠の表情を崩しまくる。だからこそ「真珠が犯人でもいいか、別に犯人でも作品的にはいいんじゃないか」と思ってしまったりするのだ。

まあ「真珠が犯人」というコトバは便利に使える言葉であるが。

実際にはこの作家は、この作品は「バッドエンドはない」と思って安心感を持って読んでいる。ただし「真珠が犯人」のケースがもしあったとしても、それは「バッドエンドではない」とも思っている。

最後には一番いい、あの美麗な絵よりも一番綺麗なヒロインの絵を持ってくるハズだから。

いや、ヒロインが変わっているのはアリか?可愛さだけなら今の一番は真珠の……。

それにしても、ホント素晴らしい表情を描くよなぁ。


・これから


この後にどう動くかはわからないが、まだ7巻。今から追いつくにはまだ十分な巻数だと思う。

絵が綺麗で読みやすく、上質なミステリー。絵と内容が見事にハイエンドにいるマンガはそう多くはない。もちろん絵は作者の持ち味が出て内容にあっていればどんな絵でもいいのだけれど。

世の中には残念ながら、誰が見ても綺麗なマンガでないと読まない人もいるのだ。ミステリー小説好きでマンガをあまり読まない人には一番オススメできる作品である。

いや、もちろんマンガにスレた人間にもオススメなマンガであるのも間違いない。

とにかく、読んで、7巻でのカタルシスの解放を味わい、今後の展開をワクワクしながら待ってもらいたいマンガなのである。





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