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おとな絵本

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ストンと心がはまる、SF(スコシ・フシギ)なショート・ショート。
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記事一覧

真夏のゆめ

「なんだこれ?」 切手は貼られている。 消印も押されている。 でも、 差出人は書いていない。 そして、 封筒は微妙に膨らんでいる。 ハサミで封を切ったら、 中には、 イヤホンが、入っていた。 あの、bluetooth対応の、 iPhone純正イヤホンに、 コードがついてないようなやつ。 かつてよく見た、 薄いピンクの花柄のメッセージカードも入っていた。

愛について、知ったこと

ただほっぺをくっつけるだけで、 どうしてこんなに満たされるんだろう。   ただ抱っこするだけで、 どうしてこんなに癒されるんだろう。       触れているだけで、 こんなにも流れてくる、 沢山の、愛。 あのころの私は、 知らなかったよ。 わたしもまた、 こういう愛を携えて 生まれてきたということを。 ★ラジオドラマ、公開中!

朱に交われば朱くなる

事務職で入社した会社の OJTのしょうこ先輩は、 雰囲気の中にムッと立ち上る 色気がある人だった。 女子だったらきっと、すぐにわかると思う。 「あ、この人、男好きだ」 ってやつが。 ゆるく巻いた髪はつややかで、 すらりとした体形で、 オンナに嫌われ、 オトコに好かれる フェロモンがいつも漂っている。 関係がなじんでから、 「しょう

雲置紙

「いらっしゃい」 表のカラフルなわたあめの袋とは対照的に、 テキ屋のオヤジは無愛想だった。 「ええと…」 私は注文を言い淀んだ。 わたあめ屋なのに、 わたあめを作る機械がない。 代わりにあるのは、 半紙くらいの大きさの、 神社の御朱印ぽいものと、割り箸だけ。 「一本、千円だ」 何見てんだよとでも言いたげに、 オ

内に秘めた思い出

かつてここは 私が愛した場所だった 陽だまりのテラス 吹き抜けるオリーブの風 私の大切な人たちが見える 私、ここが すごく大事だったの やっとたどり着いた しあわせのぬくもり 愛の記憶が漂う所で 私はただ 味わっていたい ただここで 追憶したい あの愛の日々を 私のすべて 愛のすべて 素晴らしい人生の象徴に ただ じっくりと 身を浸していたい 私の生きた小さな証 そっと胸にしまっていたもの

ますみちゃんの助言

「あ~っ、もうダメ!」 会社の昼休み、 仕事で嫌なことがあって、 半べそかきながら 私は近所の神社に駆け込んだ。 「んもぅ~っ、何よ、アンタ。  今日もブッサイクねぇ~」 こんもりした木々の繁る参道を抜け、 鳥居をくぐると、 オネエのますみちゃんが すかさずツッコミを入れてきた。 「もうやだ。  死ぬ。仕事嫌すぎて死ぬ」 「ぶぁあああかっ!  お天道様の下さったお仕事、  そんな風に言うもんじゃないわよ!」 「だ

アムリタ

アムリタ、という水を作っている。 アムリタは、 苦しい心を抱えた人に効く。 人間というのは、 魂をほんの少し思い出すだけでも 回復できることがあるのだけど、 アムリタは、 そんな作用を応用している水だ。 アムリタを生み出す時は、 少し苦しい。 食べ物をいっぺんに押し込んで、 胸が詰まって苦しくなる…みたいな感じで、 きゅうきゅう詰まったように、苦しい。 そんなことがあっても、 アムリタを生み出す価値は十分にある。 ほんの少しの我慢で、 陰の極みのような塊が消えて

夢解き師

命が終わる。 私には見える。 私はもうじき、私の葬列を見る。 私の、命は、奪われる。 私ノ、肉体ハ、壊される。 なんで私が? どうして? 「たすけて!」 私ノ、命ハ、今、 終ハロウ ト シテイルー。 「ハッ!」 目を開けたら、ほの明るい天井が見えた。 「新型インフルエンザによる死者は  県内初となり…」 目覚ましにかけているラジオから、 時事ニュースが聴こえてきた。 「朝…」 時計を見たら、午前6時だった。 パジャマがベタベタしている。 額に汗

吾輩は、猫看守

ある朝起きたら、 僕は牢屋に収容されていた。 殺風景なコンクリート。 鉄格子。 寝心地の悪い毛布。 寝ぼけていて、 ボーダーの囚人服がパジャマに見えた。 「あ、あれ?」 明らかに自分の部屋じゃないことに、 びっくらこいた。 鉄格子の向こうから、 コツコツと足音が響いた。 「おはよう、朝ごはんだ」 長靴をはいた、 二足歩行の猫が、きた。 …デカイ。 「おまえ、猫か?」ってくらい、デカイ。 人間サイズのキジトラは、 牢の給仕用の枠からブリキの皿を差し込んだ

ゴッド・ハンドの仕事

「あなた、ここ、いいらしいわよ」 ある夜、 妻が一枚のショップカードを差し出した。 「はやし鍼接骨院」 と、白地に黒字の明朝体で、 シンプルに院名と電話番号だけが記載されている。 「今のあなたには、ここがいいと思うの」 風変わりな僕の妻は、 僕を見るような、僕の周りを見るような、 少しずれた目線でレコメンドした。 レコメンド(推薦する)した、 って和製英語は、ちょっと変だ。 リスペクトした、とかもそうだけど、 「尊敬する・した」と、 動詞に動詞をか

台風のしっぽ

秋風を感じるような、 天高く午肥ゆる日。 「いつものコーヒーが、  シケた缶コーヒーになっちまった」 僕は悪態を吐いた。 それなのに、台風のしっぽは、 幾分機嫌が良さそうだった。 僕は面白くなかった。 遡ること半月前、 台風の通り過ぎた夜半過ぎ、 窓を開けた時に、家に 「台風のしっぽ」が入ってしまった。 「おれは、台風の、しっぽ」 台風のしっぽは、 カタコトの日本語を話した。 この夜以来、なぜか僕は、 台風のしっぽに寄生されている。 翌朝、 いきつけのコー

幻の花

真っ白な無垢の手でしか、 摘むことのできない幻の花がある。 この話を聞いたのは、 いつの日のことだったろう。 「そんな、無垢な人間なんて、  赤ん坊くらいしかいないじゃないか」 と、僕は一笑に付したことを覚えている。 そんなことはもう、 ずっと長い年月、忘れていた。 でも、僕は今、 自分の手を 「無垢の手」にする方法を探している。 幻の花は、 無垢の手を持つ者には見えるらしい。 それがどこに咲いているのかは、 手を持つ者だけが知る秘密らしい。

風を取りに行く日

風吹き荒れる日のこと。 うちの家業は、 化粧品製造販売業だ。 ひいおばあちゃんの代から 宝明水という名前の 化粧水を作っている。 この地方では有名で、 昔は化粧品店に、 今はお土産物屋さんにも置かれている。 茶色の遮光瓶に レトロな文字で 「宝明水」 って商品名が入ってて、 両脇には 「創業100年」 「滋養豊富」 と書かれてる。

天花粉

「へーっくしょい!」 クシャミが止まらない。 履歴書も書き上がらない。 原因はアレだ、花粉症だ。 「ダメだ、頭がぼーっとする…」 机に突っ伏していると、 黄色いちょうちょがやってきた。 「だからさぁ、  応募先が悪いんだってばー」 ちょうちょに見えるこいつは 実は天使である。 「おまえ…!」 ガバッと体を起こし、 ティッシュをちょうちょに投げつけた。 「往生際が悪いなぁ。    もういい加減、あきらめなよー」 ヘニョヘニョ威力のティッシュボールを