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夢解き師

命が終わる。

私には見える。

私はもうじき、私の葬列を見る。



私の、命は、奪われる。

私ノ、肉体ハ、壊される。




なんで私が?
どうして?




「たすけて!」



私ノ、命ハ、今、

終ハロウ ト シテイルー。





「ハッ!」



目を開けたら、ほの明るい天井が見えた。



「新型インフルエンザによる死者は
 県内初となり…」




目覚ましにかけているラジオから、
時事ニュースが聴こえてきた。




「朝…」



時計を見たら、午前6時だった。




パジャマがベタベタしている。

額に汗がにじんでいる。



またあの夢だ。



もう何度も見ている。



「あぁ、また来たか…」




私は目を閉じて、枕に頭を預けた。




世の中の人はほとんど、
強い感情にはフタをしてしまう。


その人の中に溜め込まれたものは、
見えない配管を伝って、
共有の地下水脈みたいなものに溜まっていく。


そういう地下水脈の夢を、
私は見てしまう。




今度の夢は、何なんだろうか。





仕方ないので、
上司にしばらく休む旨を伝えた。


「夢解き」を始めるのだ。




夢を読み解く間は、仕事を一切しない。


そして、必ず相棒を持つ。



私は「温室」と呼んでいる
ベランダの窓辺に行き、
ひとつひとつ、植物に触れてみた。




サンスベリアのとんがった葉先に触れた。



「これだな」



植物はいい。



水みたいな透明さがあって、
何か超越的なところで繋がっていそうな感じがする。




「よろしく頼んだ」



サンスベリアはきっと、
夢解きで消耗する精神エネルギーを、
うまく分散してくれるだろう。






いく夜かがすぎた。


だんだんと、夢が輪郭を持ち始めた。






今度の夢の主は、乳白色の、半透明な龍だった。




龍は語った。




「世の中にはいろんな龍がいる」




私は無言でつづきを促した。




「時代というのは、人の気分の流れでもある。


 今年になって、時代が変わった。

 人の気分も変わった」




「どうして?」




「常は動かざる山のごとき『地下水脈』も、
 動き出す時が来た。

 音なき地響きとともに」




こちらの疑問はまるで無視して、
乳白色の龍は続けた。




大いなる存在というのは、
どこかつっけんどんというか、一方通行でめんどくさい。



彼らはいつも、言葉すくなに語る。



多分、彼らの話す言葉で、かつ、
人間が聴ける領域みたいなものがあるんだと思う。



その幅が狭いからそうなるんだろうけど、
正直なところ、ちょっと不快だ。




「人の意識を集めるために、ひとつの形を作った。

 それが、我なり。

 我は、かような事情に由来する龍である」






プシュッと龍は消え、私は目を覚ました。



「それだけかよ…」




この作業、
ありすぎる行間を読み解かないといけないのだ。





顔を洗ってコーヒーを淹れると、
出窓においたサンスベリアのところに行った。



「夢の主が、見えたよ」



夢の読み解きをレポートしていく。



「乳白色の龍だった。


 でも、あれは別な本体の化身だ。

 本体は…なんだろう?」




夢で見たものをつらつら語るうちに、
解読への糸口が見えてゆく。




この聞き役、
だから犬とか猫とかじゃダメなのだ。


そんなことしたら、彼らの寿命が縮んでしまう。


見えない繋がりに守られている植物の方が、
精神の消耗に耐えてくれる。




「…本体は、まだ見えないな。


 多分、もう数日したら、見えると思う。

 また報告する」






夢を読み解きながら、
並行して進めることがある。


自分が果たすべきことを見つける作業だ。





ふと服を見に行きたくなったので、
フラッと百貨店に行ってみた。





新型インフルエンザのせいで、
百貨店は閑散としていた。



「空いてるし、他の売り場でも見てみるか」



いつも見ないフロアをフラフラ見ていたら、
おもちゃ売り場に着いた。




機関車が、誰にも邪魔されずに
くるくる回っているのが見えた。



「何かあるかもしれん」



店内をざっと見回して、
小さなウサギのぬいぐるみを買った。




一連のプロセスは、
方向性が合っていれば、何も起こらない。




間違ったほうに解釈すると、サインが投げられる。



私の場合は、

木の枝が落っこちてきたり、
急にパソコンが落ちたり、

「落っこちる系」で来ることが多い。




前に一度、
仕事の重要なデータがすべて吹っ飛んだことがあって、
半泣きになったことがあった。




だから夢を読み解く期間、仕事するのはやめたのだ。




ここ5年くらい会社員をしてるけれど、
急にバタッと休み続けても、
あまり何も言われずにお勤めできている。




今も昔も、

夢解きのせいでイヤな目に遭ったり、
お金に困ったりしないでこられているので、

その辺は保証してくれてるのかもしれない。






いく夜かがまた過ぎた。





今日の夢には、ウサギも一緒に来た。



やっぱりそうだったか、と思いながら、
乳白色の龍に差し出した。




「必要なものだと思うので、持ってきた」




乳白色の龍が一瞬、揺らいだ。



白いタンクトップに迷彩柄のパンツ、
短めのおかっぱ頭の、
ムキムキな男の姿が見えた。



軍人か、戦いを背負った男のようだ。




「ご本体ですか」


「うん」



男は振り上げた拳を下ろすような勢いで、
手を伸ばした。



「ウサギ」



「どうぞ」




ウサギを引ったくると、
おかっぱはそれを小脇に抱えた。



なんだか様子がおかしい。



おかっぱの顔は青く、
緊張のみなぎる顔をしている。



 

よく見ると、両腕を抱え、小刻みに震えている。



「どうしたの?」



「…祈っている」



「祈る?」




どう見ても祈っているように見えない。


どちらかというと、怯えているという雰囲気に見える。




「こわい」



「えっ」




聞き取れないくらいボソッと、男は言った。




「こわい…んだ」


「えっ、怖い?」




思わず驚きを口にしたら、
男は恥いるように身を屈めた。




男の姿がぼやけ始め、
乳白色の龍が再び重なって、男は消えた。





夢も覚めた。




顔を洗い、コーヒーを淹れ、
サンスベリアのところに行った。




「…佳境に入ってきた。


 本体が、現れたよ」




サンスベリアの葉先を
指でツンツン触りながら、夢を思い出した。



「格闘ゲームに出てきそうな男が、
 ウサギ持って泣き出した。

 怖いって言って」



時代の流れというのは、
たくさんの人の気分の集合体だ。



たくさんの人がそっちに行こうって、
合意してるもの。



言ってみれば、
軍人男はその象徴みたいなものだ。


それが何を示しているのかを私が読み解けたら、

地下水脈があるべき方に流れることを
助けることができるだろう。



「戦争が怖いのかな?

 どう考えてもおかっぱ頭の軍人が
 ウサギ抱えてることの方が怖いんだけどさ。

 あの軍人は一体、
 何を望んでいるんだろう?」



昔聞いた、

「戦争が起こると、自殺する人が減る」

という話があって、


すごく怖い話だけれど、
戦争が起こることで、
何かが抜けていっているのかもしれない。



たとえば、
生きることへの不安や不満みたいなものとかが。




「多分、戦争の時って『地下水脈』からも
 何かが抜けていっているんだよ。

 そうやって、
 なんらかのバランスを取ろうとしてるんだ」




戦争なんかしなくても、
不安から自由になりたいなら、

他人よりも素晴らしく在ろうとすることを
やめればいい。



ただ素晴らしいと気づいて、
そんな自分で在ればいい。




「本当は、自分であるだけで
 バランスは取れるはずなんだ。

 それが難しいのだけど」




他の人よりも素晴らしく在ろうとすることと、

ただ素晴らしく在る、ていうことは、全く違うことだ。



だから、素晴らしく在る存在であり続けたいけれど、
残念ながら、それはできない。


刻々と心の状況は変化していくし、
人間であるかぎり、
光も闇も持ち合わせてしまうものだから。



そういうどうしようもできない
性質があるから、
私たちは、ひどいことをし続けてしまう。


ひどいことをし続けながら、
最低な存在でありながら、
それでも、愛を、探っていく。


愛を望み、愛を求め、
愛で在ろうとする心も、
人はみんな、きっと共通で持っている。




「過ぎ去るのは花だけなのであって、
 根は同じものなはずだ。

 だとすれば、
 今回のそれは一体、何なんだろう?」




サンスベリアの葉先に触れていたら、
「情報」が来た。



「怖れを受け入れる…?」




植物はすごい。


こうしてたまに、必要な情報までも、
提供してくれる。




「男に共感してあげよ、ってことなのか。

 ふむ、やってみよう」




今夜は乳白色の龍ではなく、本体そのものが待っていた。



ウサギを抱きしめていて、
もう既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。



男は私を見ると、堰を切ったように、
顔を歪めて泣き出した。



「こわい…こわいよう。

 こわいよう、こわいよう!」



「…そうか、怖いんだね」




男はぐちゃぐちゃな顔のまま、頷いた。




「これは…!」



男からアイスピックで刺すような
鋭い痛みと、膨大な量の怖れが届いた。




「キツイな、これ…怖い…怖いね」



ただこわい、って気持ちを、
そのままにしてあげる。



そのまんま、受け取ってあげる。



それだけで随分と、救われるもの。



それが深いところにあるものなら、
なおさらのこと。




安全な場を手に入れ、
腹の底から男は泣き続ける。



 
 

泣き続ける男の姿が、
だんだんと変わっていく。



屈強な肉体が縮んでいき、
おかっぱ頭が大きくなってゆく。




「あなたが本当の、本体なんだね」




遂に現れた、泣きはらしたおかっぱ頭の
小さな女の子がうなずいた。




「こわかったよう…!」



女の子は再び、泣き出した。



それは怖れの涙ではなく、
迷子の子どもが母を見つけた時のような、
あふれる安堵の涙だった。



「真の祈りに、たどり着いたんだね」




女の子はほほえみ、
その場がふわっとやわらかなピンク色に変わった。



私の夢は、醒めた。






翌日、ウサギのぬいぐるみを人形供養のお寺に送った。



「今回はこれで完了だな」




今日はコーヒーではなく、
ミネラルウォーター2本を持って、

サンスベリアのところにいく。




「乾杯!」




サンスベリアにお礼を言い、
ちょっと高めの良いミネラルウォーターを注いだ。




サンスベリアはつやつやと葉をうるおわせた。


ひと仕事終えた自分を
誇らしく思っているかのようだった。




(了)


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