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アムリタ

アムリタ、という水を作っている。


アムリタは、
苦しい心を抱えた人に効く。


人間というのは、
魂をほんの少し思い出すだけでも
回復できることがあるのだけど、

アムリタは、
そんな作用を応用している水だ。



アムリタを生み出す時は、
少し苦しい。


食べ物をいっぺんに押し込んで、
胸が詰まって苦しくなる…みたいな感じで、
きゅうきゅう詰まったように、苦しい。




そんなことがあっても、
アムリタを生み出す価値は十分にある。


ほんの少しの我慢で、
陰の極みのような塊が消えて、
美しい命の水が生まれるのだから。




私がアムリタを作るようになったのは、
自分が

「そこにあるネガティブさを
 飲み込んでしまう性質」

だと、
気づいたことがきっかけだった。




原因のわからない、気持ちの乱高下。

死にたい気持ち。

やたらに落ちる心。



これだけでも精神病んでる感じがするのに、

更に妙なことに、

こういう気持ち全部、
自分の気持ちじゃない感じがするのである。





あるとき、
路上の占い師に呼び止められた。



「あなた、
 何人分、生きてるの?」



「へ?」



「あなたじゃないもの、
 随分、抱えていらっしゃること」




この占い師が私を救ったと言える。


「その気持ち全部、
 あなたのものじゃ、ないない!

 あなたね、掃除機。

 人の鬱々した気持ち、
 吸い込んでしまう掃除機!

 だからそれ、
 気にしなくていいのよ」




このとき、
どれほど私が安堵したことか!



ああ、なんてことない。

人のものまで
吸い込んでいただけなんだ。


人のもの、
私のものだと勘違いしちゃって、
苦しくなっていただけだったんだ。




そう気づいて
自分なりに研究を重ねているうちに、
いろんなことがわかってきた。



せっかく(?)私が
人のネガティブを取り込んでも、
相手は特に幸せにならない。

ただ私がしんどくなるだけ。



でも、
ネガティブを取り込んでしまった時に
アムリタにまで昇華することができれば、
それは全く、別物になる。



たくさんの人が正気に戻る。

たくさんの人が救われる(気持ち的に)。




それで、アムリタを作るようになった。



ていうか、

アムリタ作らないと
自分も死ぬから(気持ち的に)、
作り続けることになってしまった…

というのが、正確なところだ。



陰の気を吸い込んでしまう
性質は変えられない。


というわけで、
吸い込んだものは出すしかない。




アムリタは、

ネガティブなものを
ブオオッと膨らめて、
濾過した結果、

生まれている。




感情って、水だ。

水分だ。


だから、結露する。


空気中に漂ういろんな思いを集めたら、
どこかで臨界点を迎え、結露する。



それを、私の心の中で、やる。




都会のぐちゃぐちゃな喧騒。


ネット上の誹謗中傷。


灰色の街の悪意…。


そういうものを全て、

飲み下し、

濾過し、

抽出して集めた
本当に純粋な水。




からっぽの薬瓶を前にして
濾過作業をすると、
気がついた時には液体が満ちている。



これがアムリタの原液というわけ。





私は薬剤師の資格があるので、
親から譲り受けた小さな薬局で
希釈したアムリタを売っている。



病気は
「気が病む」と書くだけあって、
気が回復すれば治る人が、結構いる。


そういう人に
私はアムリタをおすすめしている。




「代替療法的な特殊なものです。
 舌下に何滴か落としてください」


とか、


「これ、アムリタと言います」


って、直接的にいうこともあれば、
抵抗しそうな人には、



「憂鬱な気分を明るくする
 ルームスプレーです」



と言って勧める時もある。




いずれにしても、
わたしが見抜いた人たちなので、

勧めたらほとんどの人が買っていくし、
症状もだんだんと良くなっていく。






今日は空が青く、
雲の流れが穏やかな日だった。


散歩に出たら、早咲きの桜の前に
一人の着物姿の女性が立っていた。



丑の刻参りにでも行ってきたのかと
思うような雰囲気だけど、

顔面蒼白、浅い息、
どうも具合が悪そうだ。



「あ、アムリタが必要な人だ」


と、直感した。



基本的にあれは
薬局でしか売らないことにしている。


世の中、
病んでる人が多すぎますので。


だから、外ではそのセンサーを
オフにしているのに、
なんで引っ掛かったんだろう?




その女性はやつれた顔と乱れた髪で、
こちらを見た。



「水を、いただけますか?」



あー、もう、仕方ないな。。


あまり嬉しくない
ドンピシャオーダーに、
渋々私はアムリタを差し出した。



「すみません、
 それ、私に、かけていただけますか?」



「えっ」



妙なこという人だ。



「濡れてしまいますよ?」


「構いません」



変な人、気持ち悪っ!と思ったけど、
アムリタ作ってる時点で私も変な人だ。


仕方なくピャッと、
アムリタを振りかけた。


と、同時に、
プシュウウウウウウウウ〜!

っと、
風船から空気が抜けるような音がして、
着物が女の人の体から滑り落ちた!



「わわわ!」



いや、着物が滑り落ちたのではない。


女の人の体が、
なくなってしまったのだ!


女の人は今や、
薄気味悪い血みどろの塊となって、宙に浮いている。


ドサリと落ちた着物も
ふにゃりと浮き上がり、血みどろを包んだ。


アムリタの染みた
清らかな白い着物に巻かれたら、

血みどろグロッキーは、まるで聖と悪との戦いのように
ぐるぐる色を変えたが、

やがて澄んだ、空色の光の塊になった。


まるで、
今日の青空みたいな。


「ありがとう。

 これで私、
 この世に生きた意味を知ることができました」



女の人の残影が
ニコッと微笑んだ気がした。



「そっか、そういうことなのか…」



女の人の影が見えなくなると、
空色の光もまた上昇していき、
抜けるような青空に、溶けた。




あの女の人、
この世に恨み辛みが残っていたのだな。


アムリタの力で、
きっと抱えていた気持ちの
本当の意味がわかったんだ。


薬局に来る、
人として生きることが辛くなった人、
苦しい思いに身を削る人のように。



彼らは自分を回復しながら、
今、起きていることの本質に
気づいていく。


ほんとはその先、
ぐちゃぐちゃな思いの先にあるものを
手に入れに来たんだってこと。




その先にあるもの…

そう、アムリタみたいなものを。



「うつくしいものを知るために、
 人は生まれてきたのだからな」



桜の木がそよそよ揺れて、
花弁がいく枚か、風に流れた。



うん、本日も晴天で、
私のいる世界は、うつくしい。


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