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400字チャレンジ

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400字小説を、ゆるくアップし続けるチャレンジ。ほぼ一発書き、着想を鍛える筋トレみたいなものです。 かつては週5くらいの更新でしたね。
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おからメンタル

おからメンタル

子供の頃、嫌なことがあったりして台所の床に寝っ転がっていると、決まって母はこう言った。

「あらあら、おからくんになっちゃったわねえ」

気力が搾り取られて、豆乳を絞り切ったおからみたいだと言いたいらしかった。

「お母さん、私は男の子じゃないよ」

「あら、いいじゃない。おからに性別は関係ないわ」

母はちょっとずれた人で、「おから」という表現も、おから「くん」という表現をつかう理由も、そういう

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貯水池バスソルト

貯水池バスソルト

「貯水池バスソルト 五分間用 千五百円」

この奇妙な入浴剤を見たのは、商店街の一角だった。せんべい屋にしか見えないその店の軒先に、「目玉商品」と手書きで書かれた段ボールがでかでかと貼ってあったので、嫌でも目についてしまう。

「これね、すごいんだよ。家の風呂場が、貯水池になっちゃうんだから」

思わず立ち止まってみてしまったら、店の親父に声をかけられた。そそくさと、立ち去ろうとすると、親父は言っ

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すぐに固まる証明

すぐに固まる証明

「はい、そこの車、左によって〜」

スピーカー音で俺の車は煽られた。うわ、やっちまった。覆面パトカーだ。

「出し過ぎちゃいましたね、19キロオーバー。免許出して下さい」

チッ、やられた。ツイてない。何で気づかなかったんだ。そう思いながら免許証を財布のカード入れから引っ張り出そうとするが…。

「あ、あれ?」

免許証は一向に引き抜けない。おまわりも手伝ってくれるが、抜ける気配すらない。

「こ

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おじいちゃん先生のおでん

おじいちゃん先生のおでん

近所の駄菓子屋のおじいちゃんは、おじいちゃん先生と呼ばれている。おじいちゃん先生は手相見で、子供たちの手相をよく見てくれる。

「あんた、頑張り屋だ。テストでよく百点、とるだろう?」

「これはいい、勝負運がある。スポ少とか野球とか、頑張んな」

こんな感じで鑑定してくれるから、おじいちゃん先生はいつでも人気者だ。
おじいちゃん先生は、大人の鑑定もしている。大人からは鑑定料を取るけれど、僕らからし

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装着式・自由の女神

装着式・自由の女神

今日はちょっと寒いなって日。クロゼットを開けたら、帽子の代わりに、自由の女神が置いてあった。カチューシャみたいなものがついている。
「何これ?被るの?」
面白半分、頭につけてみた。鏡を見てみる。

「あれ?」

つけたはずの自由の女神が見えない。手で触ってみると、確かに何かあるのに。

でも、いくら見ても、自由の女神が見えない。
すごく不安だったけど、時間もないし、このまま出かけることにした。

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外側の通学路

外側の通学路

子供の頃、普段の通学路から外れると、随分怒られた。
「通学やぶり」とか言われて、先生に言いつけられるとちょっと困ることだった。でも、多くの子供たちは、通学やぶりをしていた。だって、その方が近道だから。
通学路にはいろんな道がある。ひどい時には毎年、通学路が変わるから、子供だって道を覚える。でも、「外側の通学路」のことは、ほとんど知られていない。
外側の通学路に通じているのは、裏側の学校だ。裏側の学

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都会に疲れたビル

都会に疲れたビル

俺は、ビル。大都会東京に、40年以上建っている、ビル。俺は、疲れていた。街の喧騒に。人だらけの生活に。なんでも昔、この辺には木が6本しか生えてなかったっていう。なのに今や、ビル、ビル、ビル。後から後から、ピッカピカのやつが建ってくる。
「華やかで虚ろな夜の街を眺めて、40年も経つのか」
俺の住所からは、繁華街がよく見えた。高度経済成長期からバブル崩壊、酒と女、クスリの怪しげな売買。歴史も街の変遷も

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素行不良な道標

素行不良な道標

ー 本日の高野町ラジオのゲストは、「道しるべ研究家」という、変わった研究をなさっている、導田道子さんに電話がつながっております。導田さんに、このお仕事のことを語っていただきます。

ー 初めまして、わたくし、道しるべ研究家の導田道子と申します。名前に二つも「道」があることから、この仕事を選びました。研究家を名乗っておりますが、実態は技術者です。道しるべというのは色々ありましてね、道路標識、案内看板

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酔っぱらい爪楊枝

酔っぱらい爪楊枝

営業職って、飲み会が多い。無駄に体育会系な同僚と上司、オッサンばっかりの得意先。そんなところで、若い女が誘われないわけがない。

「日本の女性進出って、地に落ちてるわよね」

トイレでリップを直しながら、私は呟いた。バリキャリって言っても、オジサン達を手玉に取らないと仕事にならない。男勝りにバリバリ仕事するだけの女は、嫌われるのだ。

「キャバ嬢の経験が、こんなに役に立つなんて。日本社会って、どう

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オオカミ図書館

オオカミ図書館

ここはある北の国の村。我が村には、世界的にも珍しい、オオカミ図書館がある。

この地域を縄張りとするオオカミたちが、この図書館を利用する。オオカミを祖先に持つという神話を持ち、オオカミ語を話す一族が、村の外れにこの図書館を建てた。なんでも、その族長曰く、オオカミの長老から頼まれたのだという。

「かつて偉大なる力を持っていた我々は、今や絶滅の危機にある」

長老オオカミはそう切り出したそうだ。

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立ち飲みカブト(再)

立ち飲みカブト(再)

駅前の立ち飲みに入ったら、兜を渡された。

「この三日月は…伊達政宗?」

「ご名答。当店ではみんな、武将になっていただくのです」

「ええっ」

「武将呑みがウリですからね」

見ると、カウンターの客は全員、兜をかぶっている。
のれんの内側なので、絶妙に外側からは見えない。

渋々カブトをかぶって入った。

メニューを見ると、焼酎と日本酒が多い。
ビールもあったが、他のお客はほぼ飲んでいない。

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立ち飲みカブト

立ち飲みカブト

駅前の立ち飲みに入ったら、兜を渡された。

「この三日月は…伊達政宗?」

「ご名答。当店ではみんな、武将になっていただくのです」

「ええっ」

「武将呑みがウリですからね」

見ると、カウンターの客は全員、兜をかぶっている。
のれんの内側なので、絶妙に外側からは見えない。

渋々カブトをかぶって入った。

メニューを見ると、焼酎と日本酒が多い。
ビールもあったが、他のお客はほぼ飲んでいない。

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30代の仮面舞踏会

30代の仮面舞踏会

生きにくさを感じていた時、仮面商人に出会った。
ベネチア・カーニバルで見るような、仮面。

「一度つけたら剥がすのが難しくなる仮面です。
 でも、あなた、生きやすくなりますよ?」

悪魔の囁きのような言葉に、つい手を出した。
仮面は第三の皮膚のように、顔に張り付いた。

その日から、私の人格は完璧に出来上がった。

仕事の顔、家の顔、恋人の前の顔。
完璧に、最適な自分を演じられるようになった。

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銀色床屋(Barber)

銀色床屋(Barber)

日が暮れるのが、早くなった。虫の声がBGMになっている。髪を撫でる風の冷たさに、秋を思った。

「ああ、床屋、行くタイミングだ」

秋風に心の中でウィンクすると、サッとスマホを取り出した。

「はい、銀色エンターテイメントです」

ワンコールで奥さんが出た。安定のチョッ早 受電だ。

「お世話になってますー、赤西です。火曜日、行けます?6時なんですけど」

「あら、赤西君!オッケー、予約、入れとく

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