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読書感想文【月の満ち欠け】

第157回直木賞受賞、佐藤正午の作品。
昨年の12月には映画化もされているほどの話題作だが、今回は辛口な感想を述べたいと思う。

それでもまずは良いと思った点から。
さすがは直木賞作品、と言うべきなのだろう。文章自体がとても読みやすい。無理のないテンポで、自分がページを捲るのと同じ速さで物語が進む、という感じがあった。それでいて次へ次へと読み進めたくなるし、かつ内容が面白い。
登場する人物に合わせて視点は様々に切り替わるが、そこに違和感を感じることなく読むことが出来る。特に三角哲彦の大学生時代の内容、バイト先の特徴ある人たちとの会話などはテンポが良いし、三角の独白自体も大学生らしい「若い理屈っぽさ」がありリアルだった。
それぞれに描写として過不足がなく、物語の書き方としてよく聞く「破綻がない」というのはナルホドこういうことか、と実感した。
この作家の他の作品も同様なのだろうか、興味が惹かれる。

と、これは技巧上の良かった点。これに嘘やおべっかなどはない。(そもそも自分のような一般人の感想文にそんなものを考慮する必要性すらないし)
問題は中身だ。
本作品のテーマ、生まれ変わりについてだが、個人的には信ずるも信じずもない気がしている。もしも有ったら良いよね、ロマンチックなんじゃない、とくらいに思う。
そして昨今の流行りでもある。ラノベや漫画においては数年前から老いも若きも転生だ。そんな結構な数の「生まれ変わりモノ」を目にしてきた上で、どうにも本作品のヒロイン、瑠璃の生まれ変わりは、一言で言って「気持ち悪い」。

かなり強い言葉を使った。だが偽りなしの正直な感想である。
どうにも瑠璃の気持ちに寄り添えない。
瑠璃の恋が不幸せな結婚から生まれた不倫の恋だからかもしれないが、それはそれで文学的にはまぁ良い。(道徳的には良くないけれど)
しかし三度の生まれ変わりを経てなお初恋を追いかける様は、かなりの執着を思わせる。いっそ執念深いと言っても良いかもしれない。ドラマのような純愛というよりはむしろ、日本の怪談話のほうが近いのではないだろうか。愛情深さ故に憎悪に変質してしまうことは現実世界でもあることだ。
これでもしも愛しの三角クンが他の人を愛していたらどうなっていたのだろう…。

作品の冒頭から登場する少女のるり(四代目)がこしゃまっくれているのも、彼女に同調できない要因の一つかもしれない。人生四周目ともなれば捻くれるのも無理なからぬとは思うが、小山内(二代目瑠璃の父親)への舐めた口のきき方はイラッとくる。かつて父親だった男性に対する甘えの現れであろうか?
しかしある意味、これがヒロインの魅力なのだろう。男性目線で魅力的な女性が、同性からも賛同得られるとは限らない。むしろそうでない場合のほうが現実は多い気がする。
リアルと言えば、リアルだ。

もしや男性目線の「萌える」生まれ変わり要素をリアルに描くとこうなるのかもしれない。
初めての恋は未昇華のまま美しく、心を通じ合わせた女性は死んでもなお自分を愛し、生まれ変わってでも追いかけてきてくれる。
…文章にしてみると非常に片眉が上がる思いだ。ちゃんちゃらおかしいぜ。

またしても極論に走ってしまった。流石にこれは言いすぎだろう。
瑠璃の恋についてはこれくらいにしておくとして、他に「気持ち悪い」と思った要因は瑠璃の生まれ変わりの親となった人たちである。
彼らはみな、彼らなりの人生があり、生活があった。結婚して授かった子供が前世を強く引き継ぎただただ過去の恋を追いかける瑠璃であることに、彼らは嫌悪など感じなかったのであろうか。いや、あっただろう。しかしそれが作中に描写されていないために、どうにも違和感がある。
初代瑠璃、正木瑠璃の人格は正木瑠璃の生まれ育った環境、人生が作り上げたものだ。
生まれ変わりだったとしても、成長して同じ年になった二代目以降の瑠璃が同じ性格になるだろうか?生まれ変わって前とは違う両親の元、前と違う環境で育ったならば、彼女はどんな瑠璃になっていただろう?瑠璃が「私はかつて正木瑠璃だった」と思い出したばかりに失われてしまった、「まっさらな瑠璃」は?
それを考えると、生まれ変わりの奇跡を思うよりも先に、自分たちが授かった子の命を塗り替えられた両親たちへの理不尽さを感じてしまう。まるで両親たちは瑠璃の恋を成就させるためにだけ、結婚し子供を生んだようではないか。
その「気持ち悪さ」がどうにもまとわりついて、まさに「命をかけた恋」である瑠璃の思いを応援したり賛美したり、感動する気持ちに慣れないのだった。

と、ここまで自分にしてはかなり嫌らしい感想文を書いたと思う。
しかしこれだけの量を一気に書かせる、つまりは強い思いを抱かせる、という意味で、確かに本作は凄い作品なのだろう。いちゃもんをつけながらも気づけば今までの感想文の中でも最長の長さになったのだから、その点は間違いないはずだ。

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