今を生きる魔法【呪い】について

ししししし。届きません。届かないんです。ししししししししししししし。奇妙な嗚咽で泣く少女は、人魚姫が声を奪われたように、これを誰かに説明することも、自白することも、告発することもできなかった。

良心が咎める。けれど、胸の痛みは止まず、涙は止まず、しかしこらえなくては生きてはいけないから、しくしくと泣くのを耐えていた。しくしく、する前に、喉元でぐっと胃酸をこらえるのだ。

ししししし。
しししししししししししししし。

少女は傍から見れば奇行の女である。誰も、話を言わぬ彼女の内側など、わかりっこないからだ。声を、言葉を、良心を刺されるとは、そうしたことである。

ししししし。涙と叫び声の代わりに、嗚咽と歯の隙間から、しししし、息が漏れた。
魔女になれる素質のある者は、こうした連中に敏感であった。詐欺師が弱った者につけこむ。占い師が高額の鑑定料を求める。壺。数珠。金色の龍の置物。ししししし、鳴き声はさらなる魔女的なものを吸い寄せる。

少女はさらになにもかもを信じられなくなってゆく。行き着く果ては、闇か、真っ白な闇か、いずれも蒸発するように自身を消すことである。

それが、現代の人魚姫たちのすがた。
人魚姫たちは、どこにでもたくさんいる。フェイスブック、インスタグラム、ツイッター、どこからでもいくらでも観測できる。

現代に生きる人魚姫たちは、ネットに刻印として永遠を刻んだ。

今は、まだ生きている印を。
呟きを。写真投稿を。知らない相手をフォローして『病み垢女子です。よろしく』なんて。

現代における永遠と人魚姫の定義は、実にあいまいで、誰もが永遠性と人魚姫になれる素養があるのだった。

魔女に支配された世界。
それが、現代であるのかもしれない。なにせ人魚姫の童話ですら、魔女は野放しでやりたい放題で、なんら責任をとらず、好きに生きていった。

魔女の支配化にある現代、魔女のあらたな発明こそがインターネットなのかもしれない。かんたんに、すぐ、誰にでも。

魔法【呪い】を授けられる、便利な世の中、で、ある。


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。