元奴隷テロリストが結婚するまで

ミドーハルカは、破壊工作員だ。今日も今日とて、とある施設を爆破してボスにあたる男と幹部連中を暗殺してみせる。が、

「ハルカ、もう限界だよ!」
ハルカのボスは、つまりはその国のお偉いさんは、泣きついた。お偉いさんに資金提供をひそかに受けてハルカは活動していた。呼び出されて、カネの話かとウキウキしていたハルカは肩を落として尋ねた。
「なんでですか? 今月、もう三件も処理を行いました。強制労働、強制結婚をされていた老若男女も救助して、とても上手くいっているのでは?」
「そこなんだよ」
執務室は人払いがしてある。
物音ひとつしない空間に、沈黙は長く響き、沈黙が音になる。

ハルカにすると、考える時間だ。しかし、考えてもわからなかった。元々はハルカも強制結婚をさせられていた未成年で、だが今は、テロリストがそこを爆破してくれたおかげで自由の身だ。
ハルカは、自らの意思で組織についていき、自らも破壊工作員となった。今では、まだ若いけれど、技術だけはベテラン並だ。

「自分は、とてもよい破壊工作ができたと考えていますが」
沈黙を破ってハルカがひょうひょうと言うのに、ボスは、額を抑えて溜め息なんて漏らす。
「そこなんだよ……。ハルカ、工場か、農園か、ともかく投げ出されて宙ぶらりんになった奴隷はウチが再契約して普通に働いて貰っているだろう?」
「はい。感謝しております、ボス」
「そこなんだよ。もうぱんぱんだよ、ハルカ!」
「……おっしゃる意味がよくわかりませんが……、ボスは奴隷と搾取がまかりとおっているこのミランディアルカの国に未来はない、とそうおっしゃっていました。その考えが変わったのですか?」

ミドーハルカが、目を光らせる。するどい眼光。
それは、自分が暗殺してきた、奴隷商人や人身売買組織の連中を見下すときにするのと同一の冷気に飲まれている。

ちがう、ちがう、ハルカのボスが震えながら否定した。
「ただもう収容しきれないんだ! 奴隷を、あたらしく雇えないんだよ。ハルカ、だからしばらくは活動を中止に」
「それはできません。この国は腐敗している。ちんたらしては、人が死ぬだけです」
「それはそうかもしれないけど――でも、もう場所がないんだ」

深刻に、ボスは青褪めた額に人差し指を当てる。ミドーハルカは、この男には随分と世話になったが、もう、その額にナイフを突き立てるべきなんだろうか? などと考えていた。
ボスの溜め息は深かった。簡単な溜め息だが、何重にも意味があると、ハルカは見抜く。

「つまり。破壊事業は、今回でおしまいですか?」
「ああ、そうなる。そうなるね。もう無理だ」
ミドーハルカは、ほとんど無表情であるが、この瞬間は侮蔑に眉を寄せて、全身のあちこちに隠し持っている暗器のひとつへと手をもぐらせた。鎖鎌であって遠くからでも相手の首がもぎとれる。

ハルカの破壊工作を知り抜いているボスは、慌てて言う。「俺を殺したら、今、雇用している奴隷たちが仕事に困るだろ! 考えてくれ、ハルカ。俺を殺したら仕事がなくなって皆が困るんだ!」
「――――、――ですが、自分は、自分の尺度で測るところ、あなたはもう奴隷商人たちとそう変わらないと思うのですが」
「ちがうよ!! ちゃんと、雇用関係にある。きちんと雇って有給もあげてボーナスもあげて……ああえっと難しい話はわからないか? ハルカ? どんな答えなら満足だ?」

ハルカは、この質問には迷ってしばらく、だんまりする。元々は、奴隷であったハルカは、その身にふうじてきた怒りを原動力にして、ここまでの破壊工作員に育ったという経緯があった。
考えてみるが、それをくちにすると、くちにした瞬間にハルカは少しがっかりして肩をまた落とした。
「自分は、こういうことでしか、働けませんが? もう無理です。この生き方を変えられません、あなたが奴隷を収容できなくなろうが、自分はこの世に蔓延る腐敗した連中を粛正したくてたまりません。それは、人間が息をするように、自分には普通のことであります」

「ああ……。セラピーが必要だね、ハルカ」
嘆かわしそうにボスはうめくが。
ハルカは、どうだっていい。
「自分に次の破壊相手を教えてください。ボス」
「……………………」
デスクの上で額を抱えて、ボスは沈黙する。10歳になる前に強制結婚させられて子持ちとなり、しかし20歳になる前に破壊工作員のスペシャリストと育って、そして今、目の前の20代もなかばの若き女。

ボスは、おそるおそると、しかしほんの少量の希望を寄せて、ハルカに尋ねてみた。
「では、ハルカ。俺と再婚をしてみるか? 奴隷達のリハビリ作業に君の技術は役立つかもしれない。そうして俺の仕事がうまくいってさらに資金が貯まれば、またどこか悪い連中を破壊して奴隷たちを解放できるようになる。それまでは俺と再婚して、俺とだけ付き合おう」
ハルカは、まばたきをした。
酷く不自然な異物混入を見つけて、それに驚き、そしてちょっと恐怖している。ハルカは、まばたきにまばたき、自分の生唾を飲んだ。

「再婚って言いました? 再婚ですか?」
「ああ。再婚しよう、ハルカ。実は君を最初に見たとき、こんなに美しい人がなんて運命にあるんだろうと俺は悲しくなってしまって……、俺がテロリストに資金提供なんて慣れない裏仕事をはじめたのも君が理由だよ。ハルカ。だから、再婚してくれないか?」
「再婚なんですか」

言葉がうまく飲め込めないハルカは、考えようとした。しかし考えるより先に動揺が走ってうまくいかない。こんなプロポーズは、当然ながら、10歳以前の強制結婚のときには一切なかった。

考え、考えながら、気がついたのでハルカは言う。ついでのように、ごまかして自分もプロポーズに返事をした。
ハルカは、自分がそんな器用な言葉選びができるとは思わなかったので、驚きながらしゃべることになった。
「再婚は、かまいません。いいですけど、でもそれって自分の破壊工作が当面中止になることと、どのような関連があるのですか? まったく関連がないように思われるのですが」

ボスは、苦笑して、デスクのうえで、自分の頭の側面をポリポリと指で掻いている。

「そうだね。関連はないだろう。でも再婚の話をしたかった。よかったよ、受けてくれて!」
「はい。それは、かまいません」
こうして新婚さんが誕生するのだが、誕生した瞬間であるのだが、執務室にはまったくちっとも甘いムードなど流れずに、むしろテロリストと裏のボスとの面談という、これまでの緊張感が持続されていた。

奴隷の行き先、さらなる破壊工作、次の相手はどこにするか、問題は山積みである。が、新婚さんは、たしかに誕生した。



END.

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