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三千世界への旅/アメリカ16

敵を研究するアメリカ


第二次世界大戦後で戦った日本についても、アメリカ政府の中にはただ日本の戦力や経済力を分析するだけでなく、国民性や文化の成り立ちから、軍国主義をエスカレートしていった過程まで幅広い研究をしている部門が存在しました。日本経済が世界恐慌で傷ついたこと、日本の満州支配の拡大やそのための謀略や武力行使が欧米先進国から経済制裁を受け、追い詰められていった事情もアメリカ政府は理解していました。

第二次世界大戦後、アメリカがただ日本を支配するのでなく、民主国家、自由主義経済の国として再生できるよう援助を惜しまなかったのは、日本がその援助を受けて復興し、長期的にアメリカとアジア、世界の平和と繁栄にとってメリットがあると考えたからですし、戦争前から日本という異文化を持つ国についてかなり徹底的に研究し、理解していたからです。

大日本帝国の総責任者だった天皇を処分せず、天皇制を残したのも、日本人が天皇を崇拝していて、処刑したりしたら何が起こるかわからないことをよく理解していたからであり、天皇を残して古い制度を改革すれば、民主主義を根付かせることができるという読みがあったからだと言われています。




敵から学ぶアメリカ


日本が急激に経済復興し、その工業製品が世界中に輸出されるようになると、今度はアメリカの中に日本バッシングが起きました。日本製品が売れすぎるせいで、アメリカ製品が売れなくなり、アメリカの産業が打撃を受けていると感じたからです。これは後のトランプ政権時代の中国バッシングに似ています。

「自由経済なんだから、自由競争で売れて何が悪いんだ!」と当時の日本人は思いましたが、先進国より新興国・発展途上国の方が物価が安く、通貨も安いので、低コストでものが作れるわけですから、これを武器にものを売るのはフェアじゃないというのがアメリカの言い分です。

ということで、1980年代から90年代にかけて、日米貿易交渉が行われ、外国為替レートが見直されて円高が始まり、アメリカ製品が日本でもっと売れるように日本側の規制を撤廃する動きが続きました。

しかし一方で、アメリカでは日本の製品がなぜ売れるのかを研究する動きも生まれました。たとえばトヨタ生産方式の研究などです。

70年代あたりまでの産業は20世紀初頭に生まれたフォードの生産方式、つまり材料を大量に仕入れて製品を効率的に大量生産して販売するという上流から下流へ流す生産方式が行われていました。

これに対してトヨタの生産方式は売れた分だけ作ることで部品や製品の在庫をなるべく持たなくするやり方です。ただものを作って流すのではなく、下流から上流へ情報を流し、それに応じてものを作るわけです。これによってトヨタは製造業としての利益率を劇的に向上させることができました。

アメリカでは大学にトヨタ生産方式を研究する講座が設けられ、多くの経営者・マネージャーが効率的な生産方式を学びました。

もちろんアメリカでは、日本的な方式だけでなく、経済・ビジネスに役立ちそうなありとあらゆる技術や経営ノウハウ、経営哲学が研究されています。その意味でアメリカ人は今でも新しいことについて学び、チャレンジする開拓者なのでしょう。



無邪気な日本人


アメリカの研究機関がこうしたトヨタ生産方式を研究していることは、当時ニュースになりました。それを誇らしく感じた日本人もいたでしょう。当時は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』というアメリカの本がベストセラーになっていて、もう日本人がアメリカから学ぶものはないみたいなことを言う日本人もいました。

しかし、当時のアメリカではすでに金融業界でデリバティブのような金融の保険とも言える新しい保険が開発され、金融をサービス業へと進化させようとしていました。

不動産やローンなどの資産を証券化して金融市場で売り出すという手法が生まれ、都市開発や産業への投資に新しい活力を生み出そうとしていました。

80年代には情報産業もコンピューターや電子機器メーカーなど製造業から、ソフトウェアへ、さらにネットワークを通じたサービスへと進化し、世界の社会や生活、経済を劇的に変える巨大産業へ変貌していく基盤ができつつありました。



変革のタイミングを逃した日本


日本人はこうした変化の意味を理解せず、情報産業は電機メーカーがコンピューターや半導体、電子部品を大量生産する製造業の枠内で製品開発に集中し、それで時代の先端を走っているつもりでいました。

日本の金融業界は国の規制の上にあぐらをかいて、不動産などの資産を担保に金を貸すだけの19世紀のような銀行が君臨してきました。その結果、製造業が低コストの新興国との競争に負けるようになり、金融・情報から流通も含めた全産業のサービー業化という世界的な流れに乗り遅れ、成長のエンジンがないまま日本経済全体が収縮しています。

このあたりが、日本のような小国にありがちな視野の狭さです。

アメリカのような大国にはあまり賢くない人たちもたくさんいるかもしれないけれども、そこそこ賢い人たちもいて、広い視野で敵対する相手のことも研究して理解し、長期的な戦略で国家や経済を運営しているのを感じます。


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