見出し画像

三千世界への旅 魔術/創造/変革1  魔術的ルネサンス1

時代を変える力としての魔術


僕が30年くらい前から興味を持ってきたものに魔術があります。それは手品としての魔術、マジックではありませんし、変な模様とか記号とか呪文とかに特別な意味や不思議な力があるとか、その秘密を解けば超常現象を起こせると信じるような迷信的な秘術でもありません。

僕が興味を持ってきたのは、新しい考え方や仕組みが生みだされ、広がっていく時代に現れる現象としての魔術です。

歴史を振り返ると、現状を超えようとする意欲的なマインドや試みが、ときとして「魔術」として現れたり、「魔術」と認識されたりすることがけっこうあるのです。



ヨーロッパの変革と魔術


たとえば中世末期からいわゆるルネサンス期と呼ばれる時代にかけて、ヨーロッパの商業都市では、カトリック教会の思想から逸脱する科学的な研究や、商業の原理に基づく世俗的・実利的・合理的な考え方、人間的な生きる喜びを肯定する芸術が生まれ、広がっていきました。

カトリック教会の権威は絶大でしたし、時代の主役になった商人階級も、巨大な教会・大聖堂を建設して、キリスト教の信仰に沿って活動していました。しかし、彼らはそうした建築を壮麗なデザインや絵画・彫刻などの装飾で飾ることで、生命や快楽を肯定する芸術の発展をサポートしていきます。

一方でカトリック教会は地動説を異端とするなど、後に近代の常識になった科学を弾圧しました。当時の科学者たちは異端として告発されないように、学説の表現には気を使っていたようです。これが一般的な世界史、西洋史で教わるルネサンス期の科学とキリスト教の関係です。


ルネサンス期の魔術


こうした革新の時代に魔術が関わっていたかもしれないと考えるようになったきっかけは、1980年代にフランシス・イェイツの『魔術的ルネサンス』(内藤健二訳 晶文社)という本を読んだことでした。


この本には、まずイタリアのフィレンツェで花開いたルネサンスで、ピコ・デラ・ミランドラという神秘主義の思想家が主導的な役割を果たしていたとか、キリスト教の宗教改革が起きたドイツ文化圏ではヨハネス・ロイヒリンという神秘主義者が活躍したとか、ドイツ・ルネサンス最大の画家デューラーにはコルネリウス・アグリッパというオカルト哲学者の強い影響が見られるといったこと書かれていました。

イェイツはイギリスのルネサンス精神史研究家なので、本の主要部分には、イギリスのエリザベス朝時代にジョン・ディーという神秘主義者が大きな影響力を持ち、シェイクスピアにもその影響が見られるといったことが詳しく書かれています。

この本を読んだときは一種の裏歴史もの、定説では説明できないことを、変わった説で説明しようとする、面白いけどあくまで興味本位の読み物的な本なのかなという印象でした。


科学的魔術


しかし、それから20年近く経って、山本義隆の『磁力と重力の発見』(みすず書房)という本を読んだとき、ルネサンス期の魔術と科学の関係が取り上げられていて、ちょっと目から鱗が落ちるような思いがしました。


山本義隆は学生時代に東大で物理学者としての将来を期待された逸材だったようですが、東大紛争でいわゆる全共闘の議長を務めたことから東大を離れ、予備校の先生をしながら在野の研究者として、社会問題や物理学の本を書いてきた人です。

『磁力と重力の発見』は科学としての物理学の歴史を、古代から近代まで丁寧に描いた力作ですが、3巻のうちの第2巻はルネサンス期にあてられていて、魔術やオカルト哲学がこの時期の科学に大きな影響を与えたことが詳しく書かれています。

ピコ・デラ・ミランドラやマルシリ・フィチーノ、コルネリウス・アグリッパ、ジョン・ディーなどの神秘主義の思想家たちも出てきます。

彼らはルネサンス期を代表する思想家なので、この時期の思想について書こうとすれば、彼らについて語ることになるのは当然のことらしいのですが、山本義隆の真面目な科学、物理学の本を読むことで、イェイツの神秘主義、オカルト哲学に関する考え方も、興味本位の読み物的なものではなく、けっこうまともな根拠や意味のある学説だったんだと気づきました。


価値観の逆転


ひとつのポイントは当時、カトリックの教義に沿った考え方、近現代から見ると非科学的で非常識な考え方が、正統的な科学や常識だったことです。その科学や常識からすると、磁力や重力、地動説など、当時の科学的な新説や新発見は、まず神秘的な現象、魔術として意識されることになります。

もうひとつのポイントは、思想家・学者たちのあいだに、当時の現代、つまり中世末期・ルネサンス期は、古代ギリシャ・ローマより退化しているという考え方が広まっていたことです。

それはカトリック教会の禁欲的・抑圧的な考え方や制度が世の中を停滞・沈滞させているという不満と表裏一体です。その不満を正面から教会批判としてぶつけることはまだできませんでしたが、当時の進歩的でリベラルな思想家や科学者、芸術家は、ギリシャ・ローマなど古代から学ぶことで新しい考え方や表現を創造しようとしました。


コペルニクス的転回


たとえばコペルニクスも「地動説を新しい理論としてではなく、古代のフィロラウス説のリヴァイヴァルとして語った」のであり、「コペルニクスにあっても、真理とは再発見されるべきものであった。そして彼もまた、太陽を中心に置く根拠をヘルメス・トリスメギストスに求めていた」と山本義隆は語っています。(『磁力と重力の発見2 ルネサンス』P.339)

ヘルメス・トリスメギストスというのは、実在の人物ではなく、古代から伝わる伝説的な思想家・錬金術師です。ヘルメスはギリシャ神話の神の名前ですが、この伝説の魔術師は古代ギリシャやその科学技術の源流と考えられる古代エジプトに関わりがあるだけでなく、ユダヤ教の神秘主義の始祖と見られたりもしています。

とにかく「ルネサンスの時代には、選ばれし者にのみ古代から密かに伝えられてきたその知識を探りあて、その技術を習得すれば、古代の賢者に近づき、卓越した能力を身につけることができると信じられていた」のです。(『磁力と重力の発見2 ルネサンス』P.340)

つまり、中世を支配していた抑圧的な考え方の限界を打破して、新しい時代を切り開くには、当時の退化した知識から直接革新を起こすのは不可能で、当時の常識からは魔術とみなされていた古来の知恵に力を借りる必要があったということなんでしょう。

科学は常に進化するものというのが常識になった近代以降の我々から見れば奇妙に見えますが、まだ近代的な自然科学という概念がなかったこの時代には、魔術は紛れもなく実在し、自然界で機能する知識であり技術だったのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?