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2社目(見学)

 前述したとおり、転職エージェントからの提案で二社目の別の働き口を見学しに行くことになった。具体的には梱包の仕事で最初は契約社員として時給で働かせてもらえるとのこと。半年から一年ほど働けば正社員としての登用がされるかもしれないらしい。また会社の人事が社員に「次はどこで働きたいか」などの調査をしてくれて希望の部署に行けることもあるらしい。そしてすでに私を受け入れる準備は整っているらしい。またトヨサキ自体もこの方式で入社しているらしく、前回の面接があっての今回の話であると言っていた。


 この見学の話を受けてから一度訓練所の先生のところに行ってみて相談したが、やはり難色を示された。もちろん技術を教えてもらえる学校なので梱包というお門違いな職種を転職エージェントから紹介されているということもある。もちろん私の選択ではあるのだが。


 単純な私は「そうだよな」となった。働けせては貰えるかもしれないが興味がない。正社員の登用としてもかもしれないの話であって正社員をちらつかせられて走らされる馬車馬になる可能性だってある。もっと端的な気持ちの話をするともともといけ好かないエージェントだなという印象は抱いていたが『そいつの言うことは聞かない方がいい』という考えを後ろから押してほしかったのだろうと思う。


 見学の前日にトヨサキからメッセージが来た。なんと明日の見学に彼も同行するというのだ。見学にも付き添うらしい。トヨサキと連絡を取り合いながら活動すること一か月、ついにやつとの対面である。ついにとは書いてはいるが内心話したくはないので緊張していた。


 二月も終わりの頃の見学当日、私は行く前に求人サイトをちらほら散見していた。すると私が応募した二社目のまったく同じ求人がまだ出ていた。転職エージェントの会社からは一名の募集とのことだったのでまだ働き口があるのかなと変な期待とともに転職エージェントへの会社そのものに懐疑的になり始めてきた。前回の面接のこともあっての見学の話ならメンテナンス部へ入れてくれたっていいのになぁと思ったが、なぜその働き口以外に当てがわれなければいけないのだろうか不思議に思った。


 集合場所である門の前に指定された時間にいるとついにトヨサキは姿を現した。想像していたヘラヘラする男のイメージは野球部辞めてからオシャレに意識を注ぐようになった細マッチョ系マッシュヘッドを想像していたが現れたのはずんぐりむっくりのツーブロック、背は意外に低かった。左手を見ると既婚者で驚いた。

 早速先ほどの求人の件の話をぶつけてみることにした。彼は「あれはもっとベテランの人向けの求人だから」あっさりと答えた。まったく同じ求人なので求人の見出しには『未経験OK』とちゃんと書いてあったのにそんな事を答える。テキトーな奴にこんなあしらわれ方をされてわざわざ携帯を出して求人の画面を見せる気もわかずこれ以上話してもしゃーないなという気持ちになった。


私の想像でしかないが例えるなら二か所の穴の開いた障子があるとする。穴を埋めるために何とかかき集めた紙の中には同じ紙質の紙が一か所を修繕できる分だけあったが、もう一か所の穴はどれかで間に合わせるしかない。その間に合わせの紙が私である。きっとメンテナンス部の部長からは好かれてもらえなかったのだろうと思った。あくまで想像でしかないが。


トヨサキと待合室に通されると総務の部長と商品管理の部長がいた。トヨサキと総務の部長は仲がいいらしく対面するなりニヤニヤしてる。
「見学はお前も行くんか?ヘルメット一つしか用意してないで?
「ハハ、じゃあ一人で」
「冷たいやっちゃなぁ、お前は」
なんなのだこのグダグダっぷりは。お前ら二人で打合せしてたんちゃうんかいな。きっとこの二人は待合室に残って俺のことあーだこーだしゃべってんのやろなと思いながらも言われるがまま商品管理の部長と現場の見学へ行かせてもらうことに。


 現場は機械の音が轟音で商品管理部の部長も何を言っているのかよく聞こえなかった。「僕のやる仕事はこの中のだれがやっている仕事ですか」と聞くと指さした先には鉄の手押し台車を押すロン毛の男がいた。ほかの従業員もちらほら見たがそいつの作業服だけ以上に汚く、作業服中に黒い車にひかれたような黒い汚れがついていた。「僕と仮にご縁があったとして、僕に仕事を教えてくれるのは誰ですか」と聞くと部長は「彼です」と答えたのでなんかまたこの会社に懐疑的になった。その後も検査部の現場も見学させてもらったが、技術系の勉強をしてきて最終的にやらされるのが台車を押す仕事、嫌だ。


 見学が一通り終わると待合室に帰り、総務の人が話し出す。見学はどうだったと聞かれたが全然興味がないため「とりあえず圧巻という感じでしたね」と答えておいた。続いて労働条件について前述したことを述べたが結局はこういう求人にしても、正社員になった後の転部にしてもすべてはタイミングとのこと。また今日見学した部門には人が足りてないらしく明日からでもその気があれば働いてほしいとのことだった。この返答。私の障子理論はなかなか的を得たのではないだろうか。まとめると私は充てものの見学に来たのだ。


 家に帰ってから改めてトヨサキから電話があり「あの部長があんなにお願いするってあんまりないよ」などと知らんがなと突っ込みたくなることを言っていたが断ることにした。やはり業務内容は私の習得した技術には関係ないし、社員登用も可能性の話であって確約ではない、また社員になったとしても転部でメンテナンスに行けるかはわからない。二重のガチャをやってみる気にはならなかった。


 もっと振り返るならばもともと転職エージェントに向けていた懐疑心がいつの間にか企業側にも乗り移っていることに内心驚いている。いけすかない人の胡散臭い話、鬼に金棒みたいなものか。また豊崎にももう連絡してこないでほしいことをやんわりした言い方で伝えた。向こうはこちらを就職させるとお金が発生するのでつかんだお客は離そうとしないだろうと思った。ここで切っておかなければ鬱陶しい電話がかかってくるだけだ。

 この時の私の状況としては内定をもらった4社目の返事をするだけの状態だった。しかし心の中ではどこか引っかかっていた。訓練校自体も終了し、周りに就職活動自体する人がいなくなっていったこともあるだろう。訓練校の終わりは私に二つの心境の変化をもたらした。一つは就職活動をしているのが私だけじゃないという連帯感の喪失、もう一つはそうしたクラスの人々から離されたことによってメンテナンスの仕事自体流されて志望していなかったかと思いだしたことだ。この業種はみんな受けているから受けたのであってはたしてやりたいと思っていただろうかと考え出したのだ。


 そして私が実務的にやりたいことは何だろうと改めて考えたとき、それはものづくりではないだろうかという結論に達した。

前職もものづくりといえばものづくりかもしれないが前職特に思っていたのは(こんなのはモノを動かしてるだけだ)ということだった。完成品を右から左へ動かすだけ。それよりモノをを作る方がきっと手応えが感じられると思った。


この結論を迎え、結局4社目も断った。そしてものづくりである1社目の内定を断ったことを酷く後悔した。振り返ってみると内容も興味のあるものだが、なにより給料が一番良かったのが大いにある。

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