見出し画像

眼を閉じて 息を止めて

ぼくのせいいっぱいのやさしさを
あなたは受けとめる筈もない
こんなことは今までなかった
ぼくがあなたから離れてゆく
秋の気配 オフコース

あなたと別れたのは、本当に身勝手な理由だった。

あなたを傷つけたいから。

そうして、傷つくのはあなたと私だけでいいと思ったから。

あの年、北の甥っ子が、7歳で急性白血病になり、2ヶ月の闘病の末、亡くなった。

北は、私を混乱させるばかりだとそれを告げず、ただ葬儀の為に私のそばを離れなきゃならない、礼服も買いたい、髪も切りたい、で、通夜の当日の朝、それを私に告げた。

私は、その時だけしゃんとして、行きつけの美容院に予約を入れ、近所のスーツ専門店で喪服を買わせてサイズ合わせの間、髪を切りに行き、きちんと、いってらっしゃい、と北を見送った。

その翌日、甥っ子の葬儀の朝、あなたからメールがあった。

何気なく、私の近況を尋ねる、明るい言葉たち。

晴れた3月、少しだけ開いたカーテンから、白々しい光が差し込み、私の気持ちは、ことんと音を立てるように、決まった。

もう、連絡は出来ません。

一言返したメールに、途端に返信がくる。

なぜ?

いやだ。

理由を聞かせて。

数分悩み、返した言葉は、不倫という関係になってから、決めていた言葉だった。

私は、あなたとこうなってから、あなたに子供が出来たら別れるつもりでいました。
あなたには、お子さんがいるでしょう?

それには答えず、

電話していい?
声が聞きたい。

と、繰り返し同じ文面のメールが届く。

それでやはり、子供はいるんだな、と悟った。

私と北が、ほとんど一緒に暮らしているのを知っているから、いきなり電話をかけてくるような事はしない人だった。

1時間ほど放置して、そして、やはりダメだと、もう一度、メールを送る。

もう、メールも返しません。

終わりにしましょう。

いやだ。

電話していい?

声が聞きたい。

繰り返される哀願の言葉を、私は無視して、メールアドレスを変えた。

涙も出ない、13年の恋の終わりだった。

私は、北にしたら大変身勝手で独りよがりな考えとわかっていたけれど、北の甥っ子が亡くなったのは、私のこの、不道徳のせいだと思わずにはいられなかった。

神様が、私に直接の罰を与える前に、その雷を、私の大切な人の身内に向けたのだと。

それはとても効果的で、私は、私の身の上の不幸なら、撃たれて死んでしまえばいいと思ったろうが、こんな形で示されたら、気づかないふりも限界と思った。

あなたの子供が、私たちの因果の為に亡くなったら、あなたはどうなるの。

会ったこともない北の甥っ子。

見たこともないあなたの子供。

特別で、大切な命だなんて、綺麗事は言わない。

この惨劇はお前のせいだと、いつか、誰かに責められないように、先手を打っただけ。

私たちが会えなくなって、傷つくのは私たちだけだから。

あなたは、あなたの選んだ人と、あなたの子供を守り、生きていけばいい。

私は私を守ってくれる人の腕の中で、遠くあなたを思い続ける。

この記事が参加している募集

#熟成下書き

10,582件

#忘れられない恋物語

9,162件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?