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暗緑色の夜はすべてを飲みこみ朝を迎える

もう冬がくる

君は白のダッフルコートを着て
僕の隣に寄り添って歩く

似合うね

僕の言葉に
はにかむように
頬を染めた

白いコートに
白いスカート

君がこの旅路で
僕にねだったものは
そのふたつだけ

あの夜

なにもかも
つるばみで
染められた
そんな夜

抱き合う僕たちに
向けられた
まぶしい光

あんたたち
そこで、なにをしてるの

季節外れの萌葱色を
纏った女が呆然と
僕たちを見ていた

髪型も、丸い頬も
何かも違って見えたが
それは、君のおかあさんだった

離れなさい

君のおかあさんは
厳しい声を上げながら
僕たちに向かってきた

君は怯えるように
僕にすがる

僕も君を抱く腕に
力をこめた

違うんです

僕は言った

なにが違うのよ
大人しそうな
ひとの良さそうな
顔をして
私の娘に何をしてるのよ

悄然と頭をたれる
姿しか見たことが
なかった君の
おかあさんは
無理矢理君を
僕から奪い去った

おかあさん

君は、おかあさんの
胸の中で
苦しそうに言った

おかあさん
あたしが
あたしが
お願いしたの

馬鹿なことを言わないで!

君を僕の目から隠すよう
固く君を抱きかかえ
激しい怒りの目で僕を見据える

なにも知らない子供を
騙すようなことをして

君のおかあさんは
泣いているようだった

お前だけは
なにがあっても
守りたかったのに

すすり泣きながら
君をかき抱く

おとうさんの借金も
あんたたちに払う
賠償金の用意も
やっと出来て
お前も自由になれるのに

おかあさん

君はあえいだ

おかあさん
そのお金は
どうやって

君のおかあさんは
凄惨に笑った

お前が私の仕事を
嫌っているのは
分かっていた
おとうさんの
会社が倒産して
おとうさんが
からだを壊して
生活していくために
それしか方法が
なかったんだ

君のおかあさんの言葉は
徐々に叫びになっていく

あんたにこの子を
弄ばれる筋合いは
ないじゃないか

違うんです、僕たちは
本当になにもありません

言い訳はむなしく
君のおかあさんは
君を連れて立ち去ろうとする

おかあさん

君はちいさく抵抗する
君の手のひらが宙を舞う

あたし
この人が

必死に訴える

この人はあたしが
人殺しの娘でも
あたしを

君の言葉に
君のおかあさんは
とうとう発狂したように
頭を掻き毟る

お前はおとうさんの子供じゃない

闇に一瞬だけ
沈黙が流れた

激しい息づかいで
君のおかあさんは
再び語りはじめた

おとうさんは
子供を作れない
からだだった

でも、おとうさんは
子供を欲しがって
だから、私は
あの人の友達と

ライトが手から落ちる
部屋は奇妙な
暗緑色に色を変えた

お前は人殺しの
娘じゃなんか
ない

そのとき

きっと誰もが
思っていない
そんな行動を
君が起こした

君は

おかあさんの
腕からそっと
抜け出して

おかあさんを
つよく
突き飛ばした

殺風景な部屋に
不似合いに重厚な
座卓の鋭い角に

君のおかあさんの
頭は打ち付けられ

果物がつぶれるような
なにか嫌な音がした

子供の時
あたし
このテーブルの
角で転んで
大けがをしたんです

君はつぶやく

おとうさんも
おかあさんも
このテーブルを
捨ててしまおうって
そう言って、でも
捨てなかったんです

君はしゃがんで
倒れた君の
おかあさんの
口元に手をやった

おかあさん

これまで聞いたこともないような
優しい声で君は話しかけた

知っていたわ
そんなこと

ふいに君と会った
夏の日のことを
思い出す

“この石榴は実をつけないんです”

そうして
僕を見上げていった

人殺しの娘は
人殺しになりました

あなたは
あたしを
捨てますか

君はすでに答えの
出ている問いかけの
答えを求めた

僕も母を
殺したんだ

君はまっすぐに
僕を見つめる

長い夜が終わり
色あせたカーテン越しに
ぬるい日差しが這い寄ってきた

あの日のことを
お互い話すことはなかった

君と僕は
行き先のない
旅に出た

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