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黄色のカナリヤが金色の空に羽ばたいていく

きのう、納骨をすませました

紺サージの制服の君は
感情のこもらない声で言った

膝の上に置いた
生成り色のハンカチに
目を落としてから
僕を見た

ありがとうございました

拘置所で亡くなった
君のおとうさんを
迎えに行った時の
ことをいっているのだろうか

みんなに責められて辛かった

そんな言い訳をした
君のおかあさんが
戻ってきた時
すでに君のお父さんは
荼毘にふされていた

父の形見なんです
このハンカチ

固い声のまま
君がつぶやく

結婚前に母が
父に贈った物

どんな思いで
それを手にして
君のおとうさんは
死を選んだのか

金色の夕焼けが差し込んでくる

やっと買ったカーテンを
しめようと立ち上がった僕に

カーテンをひかないで

口早に君が言った

窓の外は空も地上も
狂ったような黄金色に
染められていた

日差しが君の
白い肌も金色に染めた

鳴かないカナリヤ
まるでそのように
閉じ込められたカナリヤ
まさにそのように

窓を見つめ
手の中のハンカチを見つめ
僕を見つめてきた

あたし、あの日の
お返しをしなければ
ならないと思ったんです

あの鬱陶しい雨の日
君の家にとまった
パトーカーの赤色灯が
通りを照らしていた

君のおかあさんには
連絡がつかないし
迎えに来たのが
被害者の息子で
警察官も戸惑っていた

崩れそうな一軒家
父を亡くし
母にも連絡も取れず
泣きじゃくる14歳の
少女を持て余した警察官は
結局僕に君を託した

正式に弁護士を探して
君の代理人になってもらい
おかあさんが帰ってくる
その日まで君は
僕の部屋で過ごしていた

君が僕の部屋にいる
蜂蜜のように濃厚な
幸福感に包まれた

けれど、それは
握りつぶせばつぶれる
卵のように閉ざされたもの

道で出会った猫が
逃げ出さないよう
そうするように
僕は君と距離をとった

あたしは
あなたに恩返し
しなければ

なにも望まないよ

言い切った僕に
君は目を丸くした

君になにも望んでいない

君はじっと僕を見て

そのまま、両目から涙をこぼした

君のおとうさんが死んだ
あの日から君はもう
泣くことはなかったのに

君は涙で汚れた
顔を隠しもしないで
僕に言った

あたしのことを
嫌いなんですか?

まさか、そんなことはない

あたしのことを
汚いと思ってますか?
おとうさんは人殺しだし
おかあさんは

言葉は続かなかった

君のおかあさんは
君に後見人がついたとわかると
なんの未練もないように
あのあばら屋に君を残し
君のおとうさんの
古くからの友人だという
男と一緒に暮らしだした

君を汚いなんて思ったことはないよ

言葉だけでは伝わらない
言葉でしか伝えれない

焼き付けれた砂のように
君という雨粒を
こんなに望んでいるのに

僕は分別のある
大人の顔で微笑んだ

君は14歳のまだ子供だ
お返しなんて考えなくいい
守られて、あるべきなんだ
君は

呆然と君は僕の言葉を受け止める

夕日が君の顔を
あかく、染めた

あたし

ひとりごとのように
君は言う

あたしあなたが
好きなんです

僕は息を飲んだ

目をそらし続けた
現実を
喉に押し当てられた

君は勘違いをしてるんだ
助けてくれたひとを
特別なひとと思い込んでいるんだよ

自分の気持ちを悟られいよう
僕はつとめて落ち着いた声を出す

君の好きは、そういう好きじゃない

君は目をそらさない

はじめてあった日から

君はもう泣いていない

黄色のちいさな翼を
広げるように立ち上がる

あなたのおとうさんの
死体の隣にいた
あなたを見たときから
あたしはあなたが好きでした

あなたと会ったあの日
あたしは13歳で
そうして人殺しの
子供になった
けれど

手にしたハンカチを
細い指がちぎれるほど
握りしめている

あなたが好きです

君は僕の逃げ道を塞いだ

もう、陽は落ちるようだ

最後のあがきのように
ひときわまぶしいきらめきを
僕たちに振りまきながら

君と僕は
夕暮れに隠れるよう
そっと口づけをした

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