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掌編 マスクの下は

 「内閣総理大臣 ○○○○くん」

 総理大臣が野党党首からの質問に対する答弁をはじめている衆院予算委員会の末席で、与党議員たちがひそひそと話をしている。

「なあ、最近N原さん、いやに質問が鋭くなっていないか?」

「そうか? 少し肥ったような気はするが、質問は前からこんなものじゃないか」

「君がそう思うなら、敏腕な秘書でも雇ったんじゃないか」

 そう答えた議員は、フリップを用意して総理を糾弾しているN原の顔を見た。顔の下半分はマスクで覆われていて、爛々と光る大きな二重の目と太い眉、それと五十歳を過ぎてもなお黒々とした、またふさふさとした髪しか見えない。以前はN原氏のあとに質問席に立つ人は、机を拭かなければならぬと揶揄されることもあったが、彼が威勢よく唾を飛ばしながら質問する姿はこの二年見られなくなった。もっとも、彼は午前と午後でマスクを交換しているという噂であったが。

 そう言われてみれば、以前のN原氏とは少し声が違うような気がする。まあ、それもマスクで口元が覆われているせいだろうとこの議員は簡単に考えた。

 

 が、実際は違ったのである。

 オミクロン株では判断がつけられなかった日本政府も、次の株、ウプシロン株でようやく「常時マスクをかけている必要なし」との判断を下すに至った。そこで大きな問題が発生した。

「あなた、誰です?」

「N原に決まってるじゃないか」

「いや、どうにも人相が違う」

「おい、N原氏だけじゃない、あなたも見かけたことがないぞ」

 国会議事堂の入館ゲートは大騒ぎになった。

 皆がN原だと思っていた国会議員はN原によく似た別人だったのだ。調べてみると、国会議員のおよそ半数が、マスク生活をいいことに別人にすり替わっていたのであった。芸能人にもコロナによる感染者、死者が多いのに、なぜ国会議員にはほとんど出ていなかったのかというと、こういうカラクリがあったのだ。

 さらにいうと、N原氏などは人ですらなく、ロボットが替え玉を担っていた。さすがにAIが答弁することは現時点での技術では難しく、遠隔操作によって政策秘書・秘書複数名が答弁を送信していたということだった。

 急ぎ国会は解散され、衆議院選挙が行われることになった。与野党とも替え玉作戦をしていたので、替え玉事件による有利不利はなく、国民の政治への不信感は益々高まり、投票中の白票が前代未聞の割合になった。

「半数が替え玉でも成り立ってしまっていた国会ってなんなんでしょうね」

「あー、替え玉替え玉聞いてたら、博多ラーメン食べたくなってきた。替え玉はバリカタで」

「国会議員が堂々と替え玉してるなら、私も替え玉受験すれば良かった」

 ラーメンの消費量は増えた。この年の流行語大賞はもちろん「替え玉」だった。

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