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がんノート 「信達」抄


輸血を受けて病棟に戻るまで、はっきり覚えているのは細切れの記憶。
死ぬ間際に見るのは、白い天井じゃなくて、オピオイドの濃淡。
劇的じゃないどころかヤク漬けで一日たっているよりもなにも起きない。
最初に正気を取り戻したのは股間と放尿。
カテーテルを見に来た看護婦さんはかわいい人。
灰色がかった天井。大きなステンレスのドア。右手にスタジオのようなガラス張りの部屋。
スタジオのような窓。俺のデータは見張られている。
殺風景な部屋にあるはずの大量の生命維持装置は一切見えない。
ドアの上にオレンジ色の文字が流れているがメガネがないのでまったくよくわからない。
寝てはいけない。生きているのだが、寝たら世界は終わる。
神さまはいない。父もいない。母と妻と友は生きている、はず。
一時間おきにベッドが動く。両手は拘束。首筋につながった点滴の束。
大便が出ないので踏ん張りながら、「雪の中」を思い出している。
「ここがどこだかわかりますか?」
「はい」と応えようとしたが声が出ない。喉はチューブで隙間も、ない。
「延命治療」を望まなかった両親と、「望んだことになっている」から生き残った己。
子供の頃の記憶。寝たら世界は終わる。寝たら世界は終わる……。
必死で瞼をひんむいていた己と、己が看取った父の顔。
吸い込もうとすると酸素が送られてきて、吐き出そうとすると吸ってくれる巨大な人口呼吸器と、父の顔からはずれそうになっていた酸素マスク。
抗生剤がいくつも投与されて、「決まるまでに時間がかかった」らしい。
歯科衛生士さんが来て歯磨きをしてくれたので、朝なのかと思ったが、いつの朝かはわからない。
ジェフはこのまま死んだのか(というのは後で思った)。
延命治療のことすらまったくわかっていなかった。
タブレット越しの家族との面会と、タブレット越しだった両親同士の面会。
パイプで喉に隙間もなく「会話」すらできなかった己の「筆談」。
ホワイトボードに書く。原稿用紙に書く。
認知症で言葉を失ってしまった「母」から届いた最後の「葉書」。
その葉書を見つめて見つめて見つめてみたが読めない。
言葉の元型のような音のリズムで声をかけると、死ぬ間際まで己にだけ応えてくれた母。
生まれてきたから生きている己と、『信達』で死にそうになっている作家に葉書を届けてくれた母。
母から生まれた己と、今は亡き母。
幸いにも己には「信達」という時代を生きた両親がいた。
人が死ぬのはひとつの時代が終わることだ。
そんなことはすべて生きている己の後付けだ。
死んだら世界が消えるだけの、無。
生死の境目をさまよっていたというのは己について言えるわけはない。
己という他者性と他者。
観たいのに見えない夢。
夢とうつつのあわいもない、淵。
確固たる現実か死があるだけの己と、父と母に置き換えてみようとしても違うのは「個体」。
他者性でも他者とも違う「個体」。
0の0乗とマクロ経済モデル。
蚕種と俳句。
一揆と維新。
戦争と相場。
パンクとモヒカンのハイスクール。
阿武隈川を散歩した時に握りしめていた母の「白い手」。
『デッドエンド・スカイ』を書いた頃、「祖父と四国巡礼」をしていた母。
八十八カ所の御朱印帳を棺桶に入れたが、入れられなかった「葉書」。
ICUでなくして「人生で己の命よりも大事な葉書なんです」と看護師に泣いて頼んだ己。
宛名と差出人を確かめた。
母は自分の住所を書き忘れたんじゃなくて「書かなかった」と知る。
死ぬ覚悟で届けてくれたのだと思っているのは「戻ってきたおれ」の勝手。
死ねば世界は消える。
なにも残らない、無。
死ねば世界は消えるだけ。
輪廻も転生もない、無。
信じれば救われるだなんて、思うわけもない。
祈りもない。
生きているならあの世もない。
天国も地獄もあの世も神も仏も脳裏に浮かばい。
書いているのだから想うことはできるのだ。
手元にあったのは一枚の葉書と原稿用紙。
母より先に死ぬわけにはいかない。
必至で読もうとするのに読めない。
輸血をして復活した時には、四日間も過ぎていた。
たんたかたん たんたかたん たんたかたんたか たんたんたん
虚空に響くは耳鳴りか?
たんたかたん たんたかたん 
言葉を失ってしまった母との会話はリズムの音だった。

紺色の風呂敷包みを抱えて歩きはじめた。
母と最後に会話した介護ホームで挨拶をした。
「たんたかたん たんたかたん」
応えがあるわけもないのだが俺にはわかっていた。
母のアルバムの写真に添えて、細いカタカナで書いてあったのだ。
「たんたかたんたか たんたんたん」
風呂敷包みを抱えて区役所に着いた。
「老衰」と書かれた死亡届を提出した。
電車通りで父を看取った病院を捜した。
どこまでもどこまでもあっけらかんとしていた青空は、いまや光も射さぬ。
猛吹雪が吹いている。
雪庇が崩れる。
吹雪の山道を母が歩き続けている。
母の姿を追いかける。
父曰く「しんだつじゃなくてしんたつだ」。
掛田驛の先にあるのは泥の橋。
霊山の結界と広瀬川の先で迷子になった母を追いかける。
帰宅困難区域も道路も変わり続けている。
母を捜して追いかける。
ICUでなくした葉書が届く。
俺が戻ってきた。
骨が。肉が。鼓動が。息が。言葉が。おん身が。
俺を捜している母の葉書を読み返した。
己が死のうが、葉書に書かれた言葉は消えないからな。

机に立てかけた位牌に写っている両親は何も応えない。
死人に口なしというが、納骨も終えた墓には夏の日射しが照りつけている。
たとえ生きものが絶えようと、種と言葉と山河ぐらいは残っていてほしいと願う。
行ってきます、と黙礼し、紺色の風呂敷に包みなおした。
俺は手術の成功と「信達」の完成を信じている。

……眠れず想う追善は、

青柳や 今日の水には けふのかげ(桃黒)

山川に糧に盡たる死骸ハ流もあへぬむござ成けり (「凶歳百人一生」)


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