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トラウマスイッチ

ある日の昼下がり

リビングにいくと
父は京都の珍しい仏を訪ね歩く
テレビ番組をみているところだった。

そのかたわら
ボクはソファに座り
お茶をのみながら桜を眺めた。

しかし突然
ただならぬ鼓動の高鳴りを感じた。

のどかなシチュエーションには
決して似つかわしくないこの感覚。

緊張である。

ボクは知らぬまに緊張していたのだ。

自分でもよくわからない。

なぜ今自分がこんなにも
緊張しているのか。

どうにも訳がわからないのである。

ふと我に返って
冷静に状況を見つめなおすと
なるほど緊張の訳がわかった。

原因は、番組のBGMにあった。

キムタク主演グッドラックの主題歌
「departure」が使われていたのだ。

大変なヒットを記録した本作である。
記憶に新しい人も少なくないだろう。

遡ること17年。
ボクはあの日
一人ステージの上に立っていた。

エレクトーンの発表会である。

小学生が着るには
生意気なスーツを身にまとい
赤い蝶ネクタイに真っ白のタイツ。

ほとんど名探偵コナンである。

あの日

ボクはどうしても
鼓動の高鳴りを抑えることが
できなかった。

緊張の楽しみ方を知らなかったのである。

実力に似つかわしくない
立派なホール。
ビガビガに照らされたステージ。
そして大勢の観客。

身の程をわきまえていない衣装も
後押しして、ボクの緊張は
ピークに達していた。

ステージのど真ん中。
一礼をしたボクの頭にたくさんの拍手が突き刺さった。このままずっと頭を上げたくはなかった。

演奏がはじまってしまうからである。

すると見兼ねた先生が
エレクトーンの椅子まで
ボクをエスコートする始末。

余計なことをしてくれた。
演奏をスタートせざる終えない状況に
ボクは強制的に追い込まれたのである。

フロッピーディスクを挿入し
バック音楽が流れはじめる。

それに合わせて練習した音をのせる。

失敗したらもう終わり。

フロッピーディスクのバック音楽は
少しの間違いもなく進むから
ごまかしが効かないのだ。

いやいや、また途中から演奏を
スタートしたらいいじゃないか。

人は言うだろう。

甘く見ないでほしい。

ボクは楽譜が読めない。

楽譜は全て耳と手足で記憶していた。

間違えたら最後

1人悲しく鳴り続けるバック音楽が鳴り止むのを、ただその場で見ておくしかないのである。

17年前のこの緊張が

のどかな昼下がりのリビングで
無残にも呼び起こされたのである。

番組BGM「departure」によって。

このときボクは
音楽の力を身をもって経験した。

空間や感情を含めた
その時の空気感を呼び起こす力を。

みなさんもご経験ないだろうか。

映画館からの帰り道。
車中で聞く今しがた見終わった映画のサントラは、その空気感を車中に漂わせたいから流すのである。

音楽には、その時の空気感を呼び起こす力がある。空間や感情を、ボクらに記憶させる機能が備わっているのである。

いまボクは

さまざまな創作活動をする中で
緊張が、成長する上で重要なファクターになっていることを学んだ。そして、得がたい経験、ありがたいものであると思うようになった。

ボクは前より
緊張を楽しめるようになったらしい。

「departure」

この音楽は
過去のトラウマにより緊張をくれるスイッチとして、ポケットのiPhoneに大切に入れておこうと思う。

これでボクは
いつでも緊張を呼び起こすことができる。


そしてこの緊張が
次なる作品をつくる
原動力となる。




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書きました。よろしければ。




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