クリスマスの奇跡

 クリスマスの前の晩。森の中の小屋にひとりで暮らすおじいさんは、となり町に住む孫たちのために何をプレゼントしようか、ずっと考えていました。
 小屋の外はしんしんとまっさらな雪がふりつもっていきます。夜は色を濃くし、月はずっと高くにのぼっていました。


 おじいさんが最後に孫たちに会ったのは一年も前です。明日、この小屋へみんなが遊びに来ることを考えると、何も用意していないことが不安で眠れそうにありませんでした。
 小屋には、町で買い付けてきた大量のリンゴが、いくつかの麻のふくろにつめられて床のはじの方に置かれていました。孫のためにリンゴパイを作ろうと思っていたのです。ところが、いざ作ろうと思ったら、オーブンが壊れて動かなくなりました。おじいさんはとっても残念な気持ちになっていました。
「リンゴはたくさんあるのになぁ……オーブンがこれじゃあ。あーあ……」
 おじいさんはぶつぶつとひとりごとを言います。しかし、それを聞いてくれる者はいませんでした。なぜなら、おじいさんの奥さんは、今年の春に死んでしまったからです。おばあさんも孫たちが大好きで、いつもクリスマスにはリンゴパイを焼いていました。
 おばあさんに代わってそのリンゴパイを作ろうと思ったのですが、壊れてしまうなんて、まったくついていません……。


 夜はどんどんふけてゆきます。静かな時間が流れていました。
 暖炉のまきが、ぱちっとはじけました。そのうち、おじいさんはその火に温められ、うとうとと夢の中へとはいっていきました。
 ふと、誰かに呼ばれたような気がして、おじいさんは目を開けました。目を開けたそこは、とても見晴らしの良い小さな丘です。野原には小さな花が咲き乱れ、ここちのよい風が、丘にたたずむおじいさんのほほをなでていきます。
「ここは……」
 おじいさんにはこの場所に見覚えがありました。けれど、どこだったのか思い出せません。色とりどりの花たちは歌うように風にゆれ、青い空には白い雲がいくつか群れをなして泳ぎ、前には遠くにのびる海原、後方では視界いっぱいの葉のつぶがざわざわとうねります。もうひと風吹き、おじいさんの体をつつみました。そのとき、おじいさんの心をやさしくなでる手がありました。
「おばあさん……」
 それはおばあさんのあたたかい手のひらでした。心細くなっていたおじいさんにそっと手をのばしたのです。
「ばあさん、わしはリンゴパイも作れない。孫たちをがっかりさせてしまうかもしれない……」
 おじいさんは泣きそうな声でおばあさんの手を取ります。あたたかなやわらかな風は、そっとしわしわのおじいさんの手をにぎりました。それはおじいさんには涙が出そうになるくらいしあわせなことでした。そして、心の中におばあさんの子守唄のような声がひびいてきます。なつかしい、なつかしい声でした。


“おじいさん、あきらめてはいけません。おじいさんの好きなことをして気を休めなさい。そうすれば、きっとなにもかもうまくいきますよ”
 そこで、おばあさんの声は途切れ、すがすがしい風も、遠くまで広がる海も、すべてがぼやけ、気がつくと、おじいさんは元いた小屋の、暖炉の前のいすに座っていました。
「とっても、ふしぎな夢だった……」
 おじいさんはそうつぶやき、夢の中のおばあさんの言葉を思い出しました。それはしっかりと耳に残っていて、まるで本当にたった今声を聞いたようにさえ感じました。
「好きなこと、か」
 きょろきょろ周りを見わたし、机の上で視線を止めると、そっと手をのばしました。そこにはおじいさんの好きなパイプがありました。
「どれ、一服でもしようかね」
 パイプを手に取り、火をつけ、息を吐きました。けむりの中に、孫たちのにこにことした顔が見えたような気がしました。
 おじいさんは、オーブンが壊れたからといって、孫たちを悲しませてはいけないと強く思いました。
「ようし、こうしちゃおれん」
 パイプを机に置いていすから立ち上がると、大量のリンゴをキッチンへ運びました。そしてお鍋に切ったリンゴと砂糖を入れ、ぐつぐつと煮始めました。
 外はさらに暗くなり、冷たい風が吹き始めていましたが、おじいさんの小屋からはあかあかと光がもれていました。


 真夜中、ほとんどのリンゴを煮つめたおじいさんは、さっき見たおばあさんの夢を思い出して、もう一度うとうととしていました。暖炉の火がもうそろそろ尽きそうなことに気付きました。まきをくべると、今度は本当にうつらうつらと頭をゆらして、そのうちカクンとねむってしまいました。

 次におじいさんが目覚めたのは、小屋の呼び鈴がけたたましく鳴り響いていたときでした。おどろきながらドアを開けると、そこにはまぶしい太陽のひかりと一緒に、息子の子供たちと娘の子供たちがわいわいと集まっています。
「メリークリスマス!」
 寝起きのおじいさんにそう声をかけると、孫たちははしゃぎながら中へと入ってきました。
「メリークリスマス」
 びっくりして目をぱちくりさせましたが、それも一瞬のこと。元気なみんなの姿をうれしく感じながら、おじいさんはふと、昨夜のことを思い出しました。オーブンが壊れ、リンゴパイを作れなくなってしまったことです。それを知ったら、子供たちはひどく悲しむだろうと思いました。
 おじいさんは、持ってきたおやつをソファに座って広げる孫に向かって言いました。
「実は、みんなに言わなくてはいけないことがあるんだよ」
「ああ、おじいさん。僕たちもだよ」
 驚いたことに、なにか告白しなければならないのはおじいさんだけではないようでした。でも、自分の言うことほどがっかりさせはしないだろうと思って、おじいさんは正直に話しました。
「昨日、おばあさんがよく作ってくれたリンゴのパイを作ろうと思ったんだが、その……オーブンが、壊れてしまったのだ」
 でも、とおじいさんはうつむいて続けました。
「その代わりといってはなんだが、リンゴのジャムを、たくさん作った。あとでビスケットでも買いに行って、みんなで食べようか」
 子供たちがとても悲しそうにため息をつくのが、おじいさんにも伝わってきました。うなだれて頭を下げているので、子供たちがどんな顔をしているのか見えなかったのです。


 そのとき、孫の一人が言いました。
「おじいちゃん。僕たちも昨日、おばあちゃんのリンゴのパイを作ろうと、みんなで作戦を立てていたんだ」
 おじいさんが前を向くと、みんな、なぜだかうれしそうな顔でうなずいていました。
「でも、今日持ってこれたのはこれだけ」
 もう一人の孫が、持ってきた紙袋の中身をおじいさんに見せました。
「こんなにたくさん! とてもおいしそうなベーグルじゃないか!」
「そうさ。リンゴのパイを作る代わりにベーグルを作ったんだ。だって、どうしてか町にひとつもリンゴが売ってないんだよ。だけどここへ来て謎が解けた」
 ひとりがふき出すように笑うと、他の子供たちも続けて大笑いして、しまいには小屋中を転げまわるくらいはしゃぎ始めました。
「まさか、おじいちゃんが町のリンゴを全部買ってしまうなんてね!」


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