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小学生の頃は分からなかった映画「タイタニック」の醍醐味③ ー圧倒的スケールを生む特撮、普遍的感情を揺り動かす情景描写ー

◾️目次
vol.1 醍醐味①  史実と創作を絶妙に織り成した圧倒的考証力とシナリオ力
vol.2  醍醐味②   ジャックとローズの物語に見るキリスト教的犠牲感
vol.3  醍醐味③  圧倒的スケールを生む特撮、普遍的感情を揺り動かす情景描写  

vol.1、vol.2とシナリオベースで語ってきた今さらすぎるタイタニック連載も遂に今回で完結。
今回は少し視点を変えて、タイタニックの凄い映像美について語っていきたい。

大きな映像美の話:撮影技術の話

そもそも、小学生の私は「この映画ってどうやって撮っているの?」なんて考える頭がなかった訳だが、十数年たって再鑑賞すると気になって仕方なくなった。

映画大国アメリカの作品。あれだけの大ヒットだし、制作費も桁違いのはず・・・
まさか・・・1隻丸ごと作ってまじで沈めているんじゃ・・・?

23歳になった今なお、ハリウッドの財力を過信しすぎだし、20年前のCG技術を舐めすぎていた・・・。
もろもろ調べた結果、(当然ながら)「タイタニック」はCG技術をふんだんに使った特撮映画であった。

まず船内のシーンは実際のセット。
ただし、撮影用の船は制作費削減のために右舷側しか作っていなかった。
当然、左舷での撮影シーンも存在する。
そこでどうしたか?

解決策:左舷側のシーンは撮影後に反転

一見、なんだそんな事かと思うかもしれないが、
左右反転の加工を見越し、左舷側の撮影ではキャストの利き手は勿論、髪型や衣装も左右反転し、船内の表札は鏡文字で書かれたものが使用された。
製作陣の涙ぐましい努力に、乾杯・・・!

更に、引きで船の全貌を移すシーンではミニチュアの模型が使用された。
船が波を切って進む様子が何度も出てくるが、あの大海原も船の動きに合わせて立つ白波もCG、
もっと言えばジャックとローズが見つけてキャッキャしていた船の前を泳ぐイルカも勿論CGである。

そして、沈没のシーンで直角になった船にぶら下がる人々が限界に達し次々と落下していくシーン。
思わず息を飲む凄惨なシーンだが、実はモーションキャプチャーで撮影したキャストを垂直にしたミニチュア模型に合成しているらしい。

そうだったのか!? そりゃそうだろうけど・・・
それにしては完成作のリアリティ凄いな。

「タイタニック」を名作たらしめる理由の一つに、特撮による合成シーンと、実際のセットを使ったシーンが絶妙に溶け合わせた編集技術がある。
それ故に、特撮シーンは興ざめさせる事なく観客に大きなインパクトを与えることに成功しているし、このインパクトが細やかな心理描写への更なる没入を誘うのである。

さて、ここまでが大きな映像美の話。
特撮技術についてはこれまでも様々な記事で語り尽くされてきた通りだ。

小さな映像美の話:美しいものが水に沈むという耽美性

一方、「タイタニック 」では特撮不要のもっと小さなスケールでも非常に効果的な映像表現がなされている。
ここからは、元美術史学徒だからこそ(?)惹きつけられて仕方がないあれらのシーンについて私独自の見解を存分に語らせていただきたい。

豪華客船の沈没というテーマ故に、本作では美しいものが水に沈む描写が多数存在する。
水面に浮かぶ高価な食器、文字盤の半分まで水面が迫った大時計・・・
ローズの宝物であるモネの「睡蓮」やドガの「踊り子」が水に沈み、水面に様々な色彩を揺らめかせる様は見事としか言いようがない。

道徳的には決して褒められた感情では無いが、これらの情景描写を美しいと感じてしまうのはきっと私だけでは無いはず。
というか、この手のものは人間に普遍的に備わっている感情なのだということを歴史は物語っている。

本作には絶命した女性がドレスの裾を膨らませ水中を漂っていく描写もあるのだが、このシーンを見た時、私はある絵画の典型的なモチーフを瞬時に連想した。

オフィーリアだ!

ジョン・エバレット・ミレイ「オフィーリア」(1851-52年 テート・ギャラリー)

シェイクスピアの四大悲劇『ハムレット』のヒロイン オフィーリアの自死の場面を描いた作品である。
ミレイはこの耽美的な作品で人気を博し、ロイヤル・アカデミーの会員に仲間入りした。

興味深いことに、19世紀にはミレイの「オフィーリア」の他にも美女が水と関係する場所で死を遂げる作品が次々と発表された。
ドラクロワ、ドラローシュ、ウォーターハウスなど・・・

一説によるとこの時代、パリやロンドンといった都会では娼婦の数が激増しており、未来に絶望した若い女性がセーヌ川やテムズ川に身を投げる事件が相次いでいた事が、こういった作品が多発した一因であるらしい。

あまりに呑気なロマンティスト的発言であるが、フランスの哲学者バシュラールは
「水は若くて美しい死、花咲ける死の要素」と述べている。

時代は移り変わり、セーヌ川にもテムズ川にも身投げした娼婦の見る影もなくなったが、今なおミレイの「オフィーリア」を傑作と仰ぐ現代の私たちにも、普遍的に「水と美と死」の取り合わせに道徳心を排除して魅入ってしまう部分が備わっているのではないだろうか?

映画「タイタニック」の特撮技術と、合成と実写とを見事に調和させた編集技術の素晴らしさはいうまでもないが、
「タイタニック」が上映から20年経った今も全く色あせる事なく観る者の心を揺り動かすのは、
特撮のスケールだけに頼ることなく、人々の普遍的な感情を突き動かす細やかな情景描写や心理描写を丁寧に描き切ったからこそだと私は感じている。  

(参考文献:中野京子「新怖い絵」角川書店,2016)
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実際の事件の徹底的考証に基づく実話と、キリスト教的世界観を見事に表現した愛の物語を見事に織り成したシナリオ
これを時に繊細に、時に圧倒的スケール感で支える映像美

この全てが名作「タイタニック」をいつまでも色褪せない名作たらしめているのだ。

これを読んで、子供の頃の鑑賞でなんとなく「タイタニック」に満足してしまっていた人に一人でも多く同じ感動を共有してもらえたら本望です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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