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「美術作品は美術館で見るものじゃない」という先生の教えをあべのハルカス16階で思い出して

カラヴァッジョ・・・天才画家にして殺人犯、バロック美術の創始者として長らく10万リラの肖像として君臨したにも関わらず日本人にはほとんど認知されていない、闇の画家。

そんなカラヴァッジョの巡回展が昨年、札幌、名古屋で開催され、現在、大阪で最後の会期を迎えている。

カラヴァッジョと聞くと、私はカラヴァッジョ自身の顔を思い浮かべるより早く、ある人物の顔を思い浮かべる。
大学時代の恩師の顔だ。

5年前、私は大学受験に失敗しまくった。
あの頃、あらゆる大学の文学部に入り損ね、転がる石のように第4志望の大学の教育系の学部に入りふて腐れていた私を、やたら強面の文学部教授が拾ってくれた。
そのイタリア人マフィアのような風貌の彼こそ、日本のカラヴァッジョ研究の権威的な美術史家だった。

当時、私も一般的な日本人の例に漏れず、イタリア美術と聞けばダヴィンチ、ボッティチェリ、ラファエロくらいしか浮かばないし、バロック美術と聞けばレンブラントまで時代が飛んでしまう・・・そんな美術教育しか受けていなかった。

先生がご執心のカラバッジョが一体何者なのか分からないが、とりあえず誘われるままに彼の授業を受けてみることに・・・
そして授業を受けていくうちに、カラヴァッジョほどあらゆる意味でトンデモナイ画家はいないと言うことを知った。

16世紀末、ローマに現れた天才画家ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ。圧倒的な描写力、強烈な明暗、観る者を引き込む生々しさ……。それまでの絵画の規範(きまりごと)を打ち破り、大変革をもたらしました。彼こそ、17世紀バロック絵画の幕開けを告げる革命児(パイオニア)だったのです。
(カラヴァッジョ展2019ー2020 公式HPより)

この革命児はメンタリティも超破天荒で、私生活では常に争いが絶えなかった。
帯刀を許可されていないにも関わらず自慢の剣を腰に下げて街を練り歩き警察沙汰になったり、画家仲間から誹謗中傷の咎で訴えられ裁判沙汰になったり・・・。
挙句の果てには揉め事の延長で殺人を犯し指名手配を受けたため、イタリア(+マルタ)中を逃げまわるハメになり、ローマ帰還を夢見ながら道半ばで熱病に没した。

そんな人格破綻者ではあるが、彼の画家としての才能は天才的としかいいようがなく、逃亡先でもありとあらゆる美術愛好家や文化人が彼を匿った。
私自身、初めはなんて血なまぐさいヤバい画家なんだろう・・・なんかやたら脂ぎった絵ばかり描くし・・・血飛沫の中に署名するとかどういう趣味?!と思っていたが、彼の絵を見れば見るほど、彼の人生を知れば知るほど、その魅力にのめり込んでいった。

そして今から丁度一年前、学生最後の春休みを使って2週間マルタ・イタリアを周遊し、ヴァレッタ〜ミラノ〜フィレンツェ〜ローマとカラヴァッジョを展示している美術館・教会を練り歩き、ひたすらカラヴァッジョを巡礼した。
今思うと、あれは気ままな学生から社会人になるための通過儀礼であったのと同時に、私の院進を期待していた先生を就職という形で裏切ってしまったことへの罪の意識に折り合いをつけに行ったのかもしれない。

「美術館に集約された作品を観るのは本来正しくない。教会のために描かれた作品は教会で観るのが正しいし、寝室を飾るためのものはやはり寝室で観るのが正しく、その空間全体を鑑賞するのが理想的な観者の在り方だ」

先生が常日頃から繰り返し言っていた言葉を痛感した旅だった。
絵画そのものに施された強烈な陰影と教会の自然光の調和に何度も息を呑み、(信者でなくとも)神聖さを感じずにはいられなかった。
そして、建築・光源を計算し尽くした上で二次元平面を表現し、空間全体を演出していたカラヴァッジョがいかに天才であったかを思い知った。

***

この間の金曜日、仕事を早めに切り上げて8時閉館のハルカス美術館に滑り込み、1年ぶりに本物のカラヴァッジョを拝んだ。
本当に1年ぶりに再会した作品もちらほらあって、懐かしさがこみ上げた。
そして、美術館の壁に掛けられた名画と一つ一つ向き合い、先生の言葉を思い出し、贅沢すぎた学生最後の長旅を思い出し、壁に掛けられた絵に物足りなさを感じる自分を見つけて少し悲しくなった。

とはいえ、日本の美術館でしか得られない楽しみや発見もあって、今回の展示ではこんなに血生臭い子供が泣きそうな作品ばかりなのに、子供向けのキャプションが豊富なのが面白かった。(内容も割と読み応えがあって正直大人でも楽しめた)
これに知的好奇心をくすぐられる子供が、先生のような大人になるのだろうか?

何はともあれ、美術作品と向き合っている僅かな時間は、社会人の私ではなく学生時代の私に戻れる貴重な時間であり、これからもこの時間を大切にしたいな。と強く思う。

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おまけ

あべのハルカスから徒歩3分のショットバーbreeze
ここの生搾り苺カクテルが格別でした。
美術館帰りにぜひ。



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