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茨木のり子「ハングルへの旅」

本書を読もうと思ったのは、ハングル語の詩に興味を覚えたからです。
実は、韓国ドラマを観ていてその音楽の繊細な旋律に魅せられて、詩はどうなのだろうかと思ったのです。
詩人の茨木のり子が韓国現代詩を翻訳されていることを知りましたが、ハングル語の詩を読む前に本書「ハングルへの旅」を繙いてみることとしました。
 
本書は、次のような内容をエッセイ風に記述したものです。
・韓国語を勉強してみようと思った動機
・韓国語と日本語の共通点など
・韓国と日本の国民性の違い
・韓国の旅先での出来事
・最後の項目として、日本人で韓国に尽くした浅川巧と詩人の尹東柱(ユンドンジュ)にまつわる話
    
筆致はとても軽く、ユーモアもあり軽妙の感があります。
しかし、そこには筆者の深く鋭いまなざしを感じます。
そして、何事に対しても真剣な、真摯な、潔い「茨木のり子」という人間が、巧まずして本書に表れています。
 
ここでは、浅川巧と尹東柱について、本書の概要を紹介したいと思います。
 
〇浅川巧
・韓国の陶芸にも造詣が深く、柳宗悦も高く評価している人物。
・1914年に朝鮮に渡り1931年41歳でその地で亡くなった。
・お墓参りをするために「忘憂里」という処を訪れたが、場所が分からずに、たまたま山林庁の方と知合いが案内してもらった。
・墓碑には次のように記されていた。
「韓国 が 好き で  韓国 人 を 愛し  韓国 の 山 と 民芸 に  捧げ た 日本人 ここ に韓国 の  土 となる」

(浅川巧の人柄に関する記述を本書より以下のとおり抜粋)


 明晰 な 論文 や 弾劾 文 を 発表 する こと、 政治活動 を する こと だけが  すべて では ない。 その 時々 の 現象 的 な 運動 に かかわる だけが すべ て では ない だろ う。 言葉少な に、 自分 の できる 範囲 内 で まわり に 尽くし、 黙っ て 死ん で いっ た その 生き かた には、 なぜ か 私 は 強く 惹か れる。   そして、 そういう 浅 川 巧 の 人間 の 魅力 を、 この 国の ひとびと は 見のがさ なかっ た の だ。

茨木 のり子  ハングルへの旅 朝日新聞出版  Kindle 版


〇尹東柱
・韓国で好きな詩人を尋ねると尹東柱(ユンドンジュ)と答える人が多い。
・彼は、日本に留学して立教大学、同志社大学で学んだクリスチャンで、終戦の半年前に27歳で福岡の刑務所で獄死した。
・毎日注射を打たれた末に、最後は韓国語で叫び死んだ。いわば日本検察の手に殺よってされたようなもの。

(尹東柱の弟に会ったときの記述を本書より以下のとおり抜粋)

弟 の 一 柱 さん と 話し て いる と、 その お 人柄 に どんどん 惹き つけ られ て いっ た。 私 の 脳裡 に「 人間 の 質」 という 言葉 が ゆらめき 出 て、 ぴたり と 止まっ た。 あまり 意識 し て こ なかっ た けれど、 思え ば 若い 頃 から ずっと「 人間 の 質 とは 何 か?   どの よう に 決定 さ れる のか?」 という こと を 折々 に ずいぶん 長く 考え つづけ て き た、 見 つづけ て き た、 という 覚醒 が 不意 に き た。   ふしぎ な 体験 だっ た。   それ も 尹 一 柱 さん という すばらしい「 人間 の 質」 に 触れ 得 て、 照らし ださ れ て き た こと で、 いきおい 兄 で ある 尹東柱 も また、 こういう 人 では なかっ た か?   と 想像 さ れ た。
もの静か で、 あたたかく、 底 知れ ぬ 深 さを 感じ させる 人格。

茨木 のり子  ハングルへの旅 朝日新聞出版  Kindle 版

この二人の人物が、本書の最後に記されているということは、本書が単なる旅行記でないことを象徴しているのではないでしょうか。
日本と韓国との歴史的な背景を負いながら、一市民の立場で真摯に隣国(筆者が多用していることば)の市民と接しています 。

また、本書の末尾に記載された「人間の質」については、わたしも人生の局面で考え続けてきたものです。
それはあくまでも主観的な感じ方に過ぎないのではないか、客観的な「人間の質」などはあり得ないだろうという思いです。
しかし、茨木のり子は「人間の質」に触れて捉えたような体験をしたとのことです。
わたしには、いまだそのような経験はありませんが過去を省みて今回、はたと思い当たることがありました。
それはnoteの記事でも投稿しましたが、20代後半だった自分に接してくれた定年後の先輩社員Tさんのことです。
話が逸脱してしまいましたから、別の機会に譲りますが、以下の記事に若干記載しています。

残念ながら、わたしの力量では本書の奥深い内容を伝えることは叶いそうにありません。
ただ、詩人「茨木のり子」に興味を持たれた方があったとしたら、わたしの喜びとするところです。


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