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【読書】けっぱれ相撲道【感想】

元安美錦で現在は安治川親方の自伝が出版されたので、近所の老舗書店・豊川堂(ほうせんどう)さんで取り寄せて頂きました。毎度、丁寧で迅速な対応です。ありがとうございました。

私が小学校高学年から中学生の頃は、初のモンゴル横綱・朝青龍の全盛期。
まあ強かった。怪力で機敏で、アンコ型でなく大胸筋がガッチリしたマッチョタイプ。足腰の粘りも驚異的で、とにかく場所のたびに何連勝もする。
私も朝青龍が大好きで、いつも応援していた。
それからしばらくすると、今度はブルガリアから入門した琴欧州(のちに琴欧洲)が台頭してきて、長身を活かしたスケールの大きな相撲を見せてくれた。他にも魁皇、千代大海、豊真将、もう少し後には把瑠都も登場し、個性的な力士が沢山いて大相撲中継が楽しみだった。

ちなみにもっと小さい時に、いちばん好きだったお相撲さんは武蔵丸だ。
とにかくデカい、丸い、でも顔が優しいので取っ付きやすかった。

そんな大相撲中継を見ていて気になるのはその日の取組もだが、翌日の取組だ。
誰と誰が何勝何敗で、綱とりだとか昇進がかかってるとか、逆に負ければ番付が下がって三役や幕内から陥落。下手すると引退なんてこともある。贔屓の力士が連勝中なら猶更だ。

で、その気掛かりな「明日の取組」で気が滅入るのが、対戦相手のところに
安美錦
と書いてあった時だ。

贔屓の力士の連勝を悉くストップさせ、多彩な技と意外性のある相撲で業師とか曲者と呼ばれた安美錦が、あの時ほんとうに大嫌いだった。安美錦と当たると、朝青龍も琴欧洲も負けてしまうからだ。
涼しい表情をして、飄々と土俵入りして、大関だろうが横綱だろうが喰ってしまう。恐ろしい力士だった。

見た目はザ・お相撲さんと言った感じで、背が高いとかマッチョだとか真ん丸であるということもない。顔も怖くない。むしろあの落ち着いた佇まいが時に憎たらしく、時に恐ろしかった。

だけど年月が流れてゆくと、私の好きだったお相撲さんは色んな理由で引退してしまった。相撲協会を離れる人も居れば、親方になる人も居た。
そんな中でずっと、安美錦という力士は当たり前のように番付表に君臨し続けた。
あの頃、強烈にインプットされた存在が今も変わらず活躍していることがいつしか嬉しくなって、気が付くとすっかり安美錦ファンになっていた。

ダメ押し、睨み合いなどが問題視された力士の品格だとか、土俵外でのトラブルも何かと取り沙汰されていた頃であったが、安美錦の時は安心して見ていられた。
だけど考えてみたら平成の強豪たちと渡り合っていた安美錦も年齢を重ねていた。そしてアキレス腱断裂の大怪我。もうダメか、と思っていた。
だけど、それでも復活して土俵に立ち続けた。

そして引退をしたのが2019年。実に20年以上にも及ぶ現役生活。息の長いお相撲さんだった。だけど相撲ファンにはお馴染みでも、何かと目立つ他の力士に比べて安美錦あらため安治川親方について知っていることは意外と少なかった。色んなメディアで取材や質問を受けて答えているのだろうけれど……。

2019年に引退したものの引退相撲と断髪式は延期に次ぐ延期で、なんと2022年の5月だった。そしてその後に出版されたのが、この本。「けっぱれ相撲道」だった。

相撲一家に生まれ、相撲王国に育ち、相撲界に飛び込んで戦い抜いた安美錦という力士の相撲人生。大人しそうでクールに見えるが、波乱万丈。相撲の厳しさ、相撲道の険しさを垣間見ることの出来る一冊……だけど、安美錦さんご自身のあっけらかんとしつつ物静かに語り掛けるような文章が必要以上の悲壮感や艱難辛苦を感じさせないから、とても読みやすい本です。
厳しい稽古や相撲部屋での生活は勿論、出場して勝たねば番付も上がらず廃業と背中合わせの現役生活で、さらに大怪我を乗り越え故障を抱えて戦ってきたことが丁寧に書き連ねられています。

何より徹頭徹尾、とにかく本当に安美錦さんはお相撲が好きで好きで、地道な努力をコツコツ続けてきたことで磨かれていった強さだったのがよくわかります。
当時絶頂だった横綱・朝青龍に、何故勝てたのか。
琴欧洲の弱点は。
研究、分析を重ね、稽古を積み、本場所に臨む。そりゃあ勝つわけだ、あの時心の底から
「また安美錦かよ!こんちくしょう!!」
とテレビの前で地団駄を踏んでゴメンナサイ。

いま相撲協会のYouTubeにも登場している安治川親方の話しぶりを見てもわかる通り、明るく朗らかでシャレの通じる人柄なのが随所に記されています。
お父さんとプロレスごっこで負け続きなのが悔しくて、S.T.Fという複合関節技を駆使して対抗した話に始まり、学生時代~入門、幕内昇進へと進んでいくなかにも真面目で大変な苦労をしたエピソードの最後にボソっと入る一言が、緊張と緩和でもって読後感を軽妙にしてくれています。

平成の大横綱たちのと数々の対戦は胸が熱くなるようで、私も好きだった武蔵丸や研究を重ねて掴んだ朝青龍からは勿論、やはりあの貴乃花から掴んだ金星についての描写は心を打つものでした。子供の頃、ちょうど若貴ブームと呼ばれていた時代だったので、あの時分の話はとても興味深かったです。

そういえば本編の真ん中ほどで、当時の好敵手たちとの勝敗や分析が載っていて。意外と、というと失礼だけれど、毎回のように安美錦が勝っていたわけではなく。むしろ強敵たちを如何に攻略するかいつも考えていたとのこと。つまり勝ち越しや記録のかかった、よっぽど「良い時」に安美錦さんが曲者ぶりを発揮していたということなのでしょう。
それほど、贔屓の力士が負けた時の印象が強く残っていたわけで。

安美錦さんは高校時代の恩師から叩き込まれた
考える相撲
をずっと実践し、試行錯誤を繰り返して勝ちあがった
考える力士
だったのだと思いました。そして、引退から断髪式までの間には早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の修士課程一年制に入学。考える力士から考える親方に。ちなみに研究テーマは、なんと相撲部屋の「おかみさん」で、コレにもれっきとした理由や動機がありました。

私の知人がよく「つまらない大人、つまらない人生はイヤだろう。だから学ぶんだよ」と言っていて。自分の人生の視野と可能性を拡げてくれるのが学びだ、と。
安治川親方のそれも同じで、親方としての夢のために踏み出した一歩でした。

それが、独立して自分の部屋を持ち、将来は安美錦の四股名を受け継ぐような立派な力士を育てたい。ということ。
軽量力士として戦い、現在も小兵力士の台頭と人気を見ればこそ、覚悟を持って入門した人にはどんどん力をつけてもらいたい──安治川親方の夢と覚悟が伺えます。
長年培われた安治川親方の相撲観、技術を継承し、力士としての在り方や組織の運営などもよりよくしていく。土俵の上では曲者でも、角界の人気者である安治川親方から、まだまだ目が離せません。

これからも応援しております。けっぱれ安治川親方!!

ちなみにこの本は相撲の技術についてもわかりやすく記されているので、読めば相撲の技についてもちょっと詳しくなれます。楽天ブックスで買ったら
技のデパート・楽天市場店
にならないかなー。ならないか。

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