BON ICEのはなし

#おいしいはたのしい

　メキシコは暑い。季節は雨季と乾季しかなく、乾季には灼熱の太陽が照りつける。朝8時過ぎでも外に居ると汗がたらたら流れてくるし喉も乾く。そんなメキシコにおける庶民のおやつが
BON ICE（そのままボン・アイスと読む）
だ。
　日本でもおなじみになった紙容器に入った細長いシャーベットのこと。ペンギンが商品を持ってニコニコしている絵が描かれているのが目印。
売り子はどんなに暑くても長袖長ズボンに帽子、しかも濃い紫地にピンクのラインという、全盛期のブレット・ハートみたいな彩色。あれ、ホントに暑そうだったな。

　ちなみに日本製のギュギュっと！等と違う点は以下のとおりである。
・やたらと長い。30センチはあるんじゃないか。チュロスと同じくらいある。
・街のそこいら中に売り子のおばちゃんが立っていて、肩から下げた保冷容器にぎっしり入っている。コンビニやスーパーでは売っていなかった…ハズ。
・価格は、どれでもおひとつ2ペソ均一。（2005年当時の日本円で約20円！）
・味はリンゴ、オレンジ、ブドウ、マンゴー、パイナップルなどなど。
・ただし注文通りの品物が手渡されるとは限らない。
・マンゴーが売れ残ってたりすると、ブドウを頼んでもしれっとマンゴーを手渡される。
・黄緑色はメロンではなくリンゴ味。

　これが異文化というのか、向こうではリンゴ味は黄緑色なんだ。売ってるリンゴはほとんどが真っ赤なやつ、日本で見かけるのよりもっと赤いのにね。売り子のおばちゃんに
「マンサナ、ウナ、ポルファボール！（リンゴ味、オヒトツ、クダサイナー）」
　と言ったにもかかわらず開けてみたら黄緑色で、食って掛かろうとする前に食ってみたら無事リンゴ味で、ああリンゴ味の香料や味覚は共通なんだなーと知ったナウカルパンの昼下がり。
　ちなみにリンゴ味を頼んだのにマンゴー味が出て来たときは食ってかかったが、おばちゃんは保冷容器を開けて数本のアイスを取り出すと
「もう今日はマンゴー味しかない！」
　と堂々と宣言した。マンゴー味しか仕入れなかったのか売れてしまったのか何なのか、深く考えても仕方がない。しかしまあメキシコまで来てアイス一つでこんなゴーマニズム宣言されるとは思わなかった。

　そんな愛すべきアイスBON ICE、安くて量が多くて美味しいのでいつも買っていた。特にメガマートまで買い物に行くときのバス停に居るおばちゃんから逃れるのは至難の業。たった20円そこそこで、あの焼けつくような昼下がりをほんの少し快適にできるのだ。想像してみてほしい。アレナ・ナウカルパンというルチャ・リブレ専用会場の隣にあった寮からアイスクリーム屋さんや教会の前を通り過ぎ、4ブロックぐらい炎天下を歩いて、ようやくたどり着いたバス停から、ちょうど走り去る目当てのバス。次のバスが何時に来るかなんてわからない。ああ暑い、片側4車線の巨大な国道を轟々と流れる車、車、車。座るベンチなんてない、歩道橋の階段の下に入りたいけど、先客が居る。暑い……。排気ガスと腐った生ゴミと露店の果物と安食堂で焼いてる肉の匂いが混じり合った濃密な空気が黄色い日差しに暖められている。青すぎて少し黒く見えるほど晴れまくった空。暑い……。まだ買い物どころかメガマートにも着いてないのに、シャツは汗だくだ。
　と、そこにススっと寄ってくるアイス売りのおばちゃん。さっきからバス待ちのメキシコ人が次々に轟沈していく。なんつーかあれだ、映画「トレマーズ」でグラボイスに喰いつかれる雑貨屋の親父みたいなもんで、もう抗うすべは、我が手にはない。黒く歪んで真っ赤に燃える死神の列。

　というワケで、おばちゃんがこっちへ来る前に2ペソ分の硬貨を用意して（お釣りが無いとコッチが怒られるのだ）、おばちゃんと目が合った時にはほとんど脊髄反射で
「マンサーナ、ウナ！（リンゴ味、ひとつ！）」
と元気に注文するキッドさんでありました。

　お金を渡してアイスを受け取り、あぢあぢひはひは…と、シーナ誠方式で汗をダラダラ流しながら開封したアイスは黄緑色…ではなく、目の覚めるような真っ黄色。
「おばさん、これマンゴー味じゃん！リンゴは！？ねえリンゴ味は！？」
　とつたないスペイン語で詰め寄ると
「ああ、もうマンゴー以外売り切れなんだよね。ごめんね！」
　と言い放って、また道行く人にアイスを売りに行ってしまったのであった。

　道路沿いのひしゃげたような建物と、ルイス・ミゲルがニッコリ微笑むビル看板、そして手元にはBON ICEのマンゴー味。私が【注文通りに】リンゴ味にありつけたのは、3回に1回でした。打率3割か、まあ上出来だろう。