片隅にある記憶

数年前に、東京ゲームショウに行った。ゲームにとても熱中していた時期だ。

東京ゲームショウとは、年に一度開催される国内最大のゲーム見本市、コンピューターエンタテインメントの総合展示会である。ゲーム関連企業だけでなく携帯電話会社や、大学や専門学校がインディーゲームを出展していて遊べたりもする。他にもコスプレエリアがあったり、格闘ゲームやFPSの大会が開催されていたりと、結構何でもあり、である。

興味があるステージを目当てに、前日にふと思い立って行こうと決めたのだ。ご存知の方も多いだろうが、東京ゲームショウは凄まじく混む。来日して見にくる外国人も多い。ステージイベントを見るためには整理券が必要で、開場前から並ばなければ、と思った。

当日まだ外が暗いうちに出発し、始発電車に一人揺られて会場の幕張メッセに向かった。海浜幕張駅で降りて、大勢の人と同じ方向へ、ぶつからないようにペースを合わせて向かう。到着すると列に誘導され、開場まで待つことになった。一人で来ていて暇だという事は分かっていたので、持参した文庫の小説を読み始めた。同じ列に並ぶ人たちは、やはりスマホで、あるいは携帯ゲーム機でゲームをしている人が多かった。さすが東京ゲームショウの待機列だ。

そんな中で小説を読み始めた僕は浮いていたのかもしれない。しかしまあ気にせずに読んでいると、僕の隣に一人の男性が列に加わってきた。年は二十歳ぐらいだろう。そして僕に尋ねる。

「列ってここで合ってますか?」

「ああ、そうですよ」

僕は答えた。そりゃあそうだろうと思ったが彼は、整理券を貰う列と、そのまま入場する列が分かれていると思ったのだろう。その事は後の会話の中で分かった事だ。実際には、入場の少し手前で列は分岐する事になっていた。

「初めて来られたんですか?」僕は尋ねてみた。

「はい、そうです。」

「そうなのですね、僕もなんです。」

確かそんな会話から始まった。入場前まで話していて、彼はスクウェア・エニックスのブースを目当てに来た事、FF14をプレイしている事、午後はバイトなので午前中に帰る事など話した。様々なゲームの話もして、すごく詳しい人だという事が分かった。話が合い、午前中は彼と共に廻ろうという事になった。僕の目当てのイベントは午後から始まるので、午前は暇だったからだ。

先ほど述べたように入場の手前で、整理券を貰う列とそのまま入場する列が分かれる。僕は整理券を貰う列に入り、彼はそのまま入場する列に入った。その時に僕は「じゃあ、また」と言って別れた。

列の分岐が思っていたより早かったので、僕は連絡先を聞きそびれていた事に気づく。だが、スクエニのブース周辺に行けば会えるだろうと思っていた。

整理券を受け取った後、遅れて入場した僕は、幕張メッセの広さと人の多さに圧倒されながら会場を歩き回り、彼がいるであろうブースへと向かった。場所を確認した筈が意外に遠くて少し迷い、10分以上歩いてようやく着いて辺りを確認した。しかし彼はなかなか見つからなかった。

流石スクエニは発売しているタイトルが多く、ブースはとても広い。さらにとにかく大勢の人でごった返しており、満員電車のような状態であったから歩くのも大変であった。薄暗い事もあり、人を探すのは想像より遥かに困難だったのだ。結構な時間探して見つからなかったので、移動したのではないかと思い、物販コーナーへ向かった。

別の建物にある物販コーナーでは、様々な企業がグッズを販売しており、限定品も多い。それらを色々と見てから帰ると彼は言っていたので、合流できるのではと思った。彼を探しながら個人的に興味があるグッズも見て回り、何点か購入した。だが昼になっても彼は見つからず、諦めて別の場所へ行く事にした。バイトがあると言っていたし、おそらく帰ってしまったのだろうと思い、何だか寂しくなった。

その後は配られていたカタログや団扇などを貰いながらブラブラし、発売前のゲームを試遊したり最新のVRの体験、インディーゲームもいくつかプレイした。どれも面白かったし、目当てのステージも楽しめたのだが、なんだか心の中にはモヤモヤがずっとあった。

夕方、疲れ切って帰る電車の中で彼の事を考えた。待機列でやけに弾んだ会話が印象的だった。名前だけでも聞いておけば、なんて考えていたように思う。だがその翌日には、もう顔も思い出せなくなっていた。そしてさらに時間が経つと考える事もなくなっていく。

じゃあまた、また会おう、また今度。日常的に僕らはそんな言葉をよく使う。けれど、そう言いつつも二度と会わない人は結構いるのだろうなと考えて、僕はふと片隅にある記憶にアクセスする。そしてもう会えない人たちのことを想う。

あの少し肌寒かった九月の朝を、まだぼんやりと覚えている。


読んでくださり、ありがとうございました。 今後より充実したものを目指していきます。