アスタラビスタ 7話part4
「速い」
視界の隅で、圭が呟いた。
「憑依形態の速さは、実践でも必要だ。その速さは憑依者の技術。亜理より、断然雅臣の方が早い」
私はもう一度道場へ目を向ける。憑依者たちの手合せなんて見たことがなかった。あんなに雅臣とも手合せをしていた。
清水とも話をしていた。
だが彼ら二人の戦う姿を、私は見たことがなかった。
一体、どんな戦い方をするのか……。
道場の中央で、彼らの刀がぶつかった。とてもゴムで出来ているとは思えないほどの大きな音が、道場に響き渡った。
相手を傷つけない道具で戦っているとは言え、あの速さの打撃が当たったら、打撲は免れないだろう。彼らだって分かっているはずだ。
だが、まったく手を抜く気配はない。清水と晃の顔を見れば分かる。
彼らは、あえて本気で相手をねじ伏せようとしている。
ぶつかった刀を、すぐさま自分の手元へ引き、次の技を繰り出したのは晃だった。それも、私が今まで見てきたどんな技よりも速かった。
「遠心力……」
晃は弧を描くようにして、刀を振っている。それは日本武術にはない動きだった。
辛うじて清水が晃の刀を止めようとした。だが晃は構わず清水へと突っ込んで行く。
無茶とも思えた行為だったが、晃は清水の刀を振り払い、身体の正面で八の字に刀を回転させながら斬り込んだ。
風を斬る晃の刀は、避けようとした清水の顔の数センチのところまで迫り、通り過ぎていった。
勝負は晃に優位な状態だった。同じ刀という道具を持っているというのに、どうしてここまで戦い方が異なるのか。
防戦一方の清水の姿を冷静に見ていた圭は、独り言にように呟いた。
「雅臣が言ってたんだけどさ。日本武術に対して、中国武術は技の繰り出す速さも、数も多いんだって。あのスピードに、日本武術だけを学んだ人間がついて行くのは困難だと思う。でも、清水はそこら辺の奴とは違う。技の数は少なくても、的確に当ててくるよ」
「そ、それってどういう……」
私が圭に聞き返そうとしたと同時に、晃は振りかざしていた刀を止め、足を前後に大きく開き、一瞬にして体勢を低くした。
大きく引かれた右腕が何をしてくるのか、すぐに頭では理解できたが、私だったらおそらく身体を反応させることはできなかった。
晃の大きく引かれた右腕は、充分に溜めを作ると、勢いよく突きを放った。低い姿勢から上へと向かって走る切先は、大きな角度があり、止めるには困難だ。
だが清水は目を大きく見開くと、刀を自分の顔の側面へと寄せ、ゴムで出来ている刃を外へと向けた。
見えないほどの速さで、晃の刀が清水の刀を擦り、突きは僅かに逸れた。晃は慌てて状態を立て直し、牽制を含めて刀を何度か振りながら清水から距離を取った。
「今のも止めるんですか……」
僅かに息の上がった晃は、構えの体勢を取ったまま、苦笑いした。彼の額から汗が流れ、頬と顎を伝い、床へと落ちていった。
その瞬間ものすごい形相で、清水が刀を構え、斬りかかった。
圧倒的な技の数と速さの人間を相手に、自分から斬りかかるなんて、私なら考えられない。私なら、充分様子を見る。
もしかしたら、清水は先ほど晃に攻め込まれていた時に、ある程度の作戦と彼の技の法則を理解したのかもしれない。正直探れるほどの余裕があったとは思えないが。
清水の刀を、峰で押さえ受けた晃は、顔を歪めた。力で清水を押し除けると、より遠心力を付けるためか、刀を持っている右腕を頭上で一回転させ、そのまま清水の胴へと刃を向かわせた。だが、清水はさらに晃へと一歩踏み込んだ。
信じられない。胴を狙われているというのに、突っ込んでどうするのだ。狙われているのは清水の左側の胴だ。右手に刀を持っている以上、防ぐのは難しい。
本来なら下がって避けることが一番のはず。
ふと清水の口元を見ると、僅かに口角が上がり、唇が動いていた。何を言っているのかは聞こえなかったが、私にはその言葉が分かった。
「あとは任せる」
清水の唇はそう動いていた。あれは清水の言葉ではない。雅臣の言葉だった。
雅臣も清水と共に戦っていた。
目には見えないが、清水の一連の動きは二人で行われていたのだ。
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