#真理
45.ローマ3:7-8 絶対的な神の義(2)
嘘つきは信用できるのか?「私」が嘘つきであって、もし神の真理について語るとき、誰が「私」の言うことを信じることができるでしょうか?
だから「私」の言葉は全く意味をなさないことになってしまいます。
兄と弟のようかもしれません。たとえ弟は平凡であっても、兄が非常に乱暴者であれば、弟は平凡であっても兄に比べれば、ということだけで賞賛されることがあるのです。
生まれつきの人間にすれば、神の義
嘘つきは信用できるのか?「私」が嘘つきであって、もし神の真理について語るとき、誰が「私」の言うことを信じることができるでしょうか?
だから「私」の言葉は全く意味をなさないことになってしまいます。
兄と弟のようかもしれません。たとえ弟は平凡であっても、兄が非常に乱暴者であれば、弟は平凡であっても兄に比べれば、ということだけで賞賛されることがあるのです。
生まれつきの人間にすれば、神の義