190125_ネットフリックス大解剖_帯あり

#SaveTheOA 『ネットフリックス大解剖』より「死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき」をためし読み公開

 前シーズンから2年3か月ぶりとなる待望の新作が今年配信されたネットフリックスのオリジナルシリーズ『The OA』。最新シーズン2はまたしても驚天動地の結末を迎え、ファンならだれしも「また2年も待つのか……」とため息を漏らしながらも、続編への期待に胸を高鳴らせたことでしょう。ところが今月5日、まさかの製作打ち切りが発表されました。
 そこでこのたびは『ネットフリックス大解剖』より、『The OA』を取り上げた章「死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき」の一部をためし読み公開いたします。執筆者は文筆家の長谷川町蔵さん。クリエイターのブリット・マーリング本人もファン宛てに綴ったメッセージのなかで触れていますが、SF作品に対して並々ならぬ思い入れのある彼女は、いかにして『The OA』を作るに至ったのか? ぜひご一読ください。

臨死、並行世界、カルト教団、謎のムーヴ……オカルSFを愛するブリット・マーリング

文=長谷川町蔵

 ブリット・マーリングの存在を僕が知ったのは2012年のことだ。FOXサーチライトがリリースしているDVDのパブリシティ記事を映画雑誌から頼まれた際に担当者が「この映画はサンダンス映画祭で評判を呼んで、DVDスルーで発売予定だけど、もし観て気に入ったなら記事のなかで取り上げてほしい」と、あるDVDを送りつけてきたのだ。タイトルは『アナザー プラネット』(2011年)、主演はブリット・マーリングという無名の女優だった。
 そのパブリシティ記事ですでに書くことが決まっていたのは、『ブラック・スワン』(2010年)、『ダージリン急行』(2007年)、『JUNO/ジュノ』(2007年)という錚々たるラインナップ。常識的に考えれば同列に取り上げられるわけがない。でも『アナザー プラネット』のあまりにも強烈なインパクトに打ちのめされて、出来上がった原稿ではまるでイチオシ作品のような扱いにしてしまった。

『アナザー プラネット』は、地球そっくりの惑星が地球上空に突如出現した日から始まる。17歳でマサチューセッツ工科大学への進学を許された天才天文少女ローダ(もちろんマーリングが演じている)は、運転中にその惑星に気を取られて対向車と正面衝突。相手の車に乗っていた女性と子どもを殺してしまう。4年後、刑期を終えた彼女は、事故の生存者である一家の父親に清掃サービスのスタッフを偽って接近。贖罪のチャンスを窺う。
 そんなある日、惑星がパラレルワールドの地球であることが明らかになり、調査旅行者が公募されることになる。ローダは「もうひとつの地球には罪を犯していない自分が住んでいるのではないか」と考え、自身の体験をエッセイに書いて応募する。
 もうひとつの地球とは、明らかに「あのとき、あんなことがなかったなら別の人生があったはず」というローダの想いのメタファーだ。そのため観客は予想する。「もうひとつの地球なんてものは実際にはなく、罪の意識にさいなまれるローダの生み出した幻影なのではないか」と。それを裏づけるかのように、公募に合格したローダのもとに届けられる宇宙旅行の案内書は、HISの海外旅行のそれよりもペナペナだ。ところが観客の予想は裏切られる。もうひとつの地球は幻影ではなく確かに実在し、物語は明後日の方向へと動き出し、驚きのラストシーンを迎えるのだ。
「ない」と思わせて本当にある。まるでM・ナイト・シャマランの『アンブレイカブル』(2001年)を彷彿とさせる〈アンチ・トリック〉なストーリーテリングに、僕はすっかりヤラれてしまった。そしてあのシャマランですら『アンブレイカブル』を撮るためにウェルメイドな『シックス・センス』(1999年)をメガヒットさせなければいけなかったのに、無名のくせにこんな作品を作るなんてと感心してしまった。
 クレジットを見てさらに感心したのは、監督のマイク・ケイヒルと共同で主演のブリット・マーリング自身が脚本を手がけていたことだ。ふたりはジョージタウン大学の先輩後輩の関係で、マーリングはオーディションになかなか受からなかったので自分が主演するために本作の脚本を書いたという。でも普通、主人公がほぼ全編ジャージ姿のオカルトSF作品に、女優が進んで主演したいと思うだろうか。
 この人、ガチでパラレルワールドに興味があるんだ。美人ではあるけど色気ゼロ。でも中性的というわけでもないルックスも相まって、すっかり彼女のファンになってしまった。

 そんなとき、ブリット・マーリングのもうひとつの脚本兼主演作『Sound of My Voice』(2011年)が全米公開直前であると知った。監督はやはりジョージタウン大学時代からの仲間ザル・バトマングリ。ヴァンパイア・ウィークエンドのメンバー(当時)、ロスタム・バトマングリの兄でもあり、音楽はロスタムが手がけているらしい。ちょうどニューヨーク旅行を計画していたこともあり、これは現地で観るしかないと決意したのだった。『Sound of My Voice』は、ダウンタウンの小さなアート系シアターで観た。作品の語り部は、ドキュメンタリー映画作家ピーターとローナのカップルだ。ふたりはロサンゼルスのアンダーグラウンドで活動する白装束のカルト教団に興味を抱き、潜入取材を試みる。
 教祖は2054年の未来から現代に警告を発するためにタイムトラベルしてきたと主張する女性マギー(演じているのは当然マーリング)。ほかの信者たち(『クレイジー・リッチ!』(2018年)の主演女優コンスタンス・ウーの無名時代の姿も確認できる)と同様、カリスマ性あふれる彼女に惹きつけられながらも、ふたりはマギーの言動から、彼女が精神を病んでいる詐欺師だと確信する。ところがその決定的な証拠を掴んだとき、予期せぬ出来事が起きる。
 プロットを読めばわかる通り、いまだに日本で上映もソフト化もされていないこの『Sound of My Voice』こそが『The OA』のプロトタイプだ。車座で座った人々を前に、寝間着のような服を着たマーリングが、延々と身の上話を聞かせるからだけではない。カルト教団の信者同士の挨拶に用いられる謎の“ムーヴ”が、物語において重要な鍵を握っているからだ。

 野外音楽フェス、コーチュラの会場でマーリングたち出演者が観客に紛れてゲリラ・プロモーションとして行ったところ、運営側からガチのカルト教団と勘違いされた笑い話を持つこのムーヴが、『Sound of My Voice』のクライマックスでは大フィーチャーされる。その際の高揚感と言ったらない(ちなみに僕が書いた小説『あたしたちの未来はきっと』に登場する双子が行うムーヴはこれを頭に思い描きながら書いた)。

『Sound of My Voice』のムーヴは、プロのコレオグラファーを雇う資金がなかったので、バトマングリとマーリングが自分で考えたそうだが、これを「Chandelier」をはじめとするシーアのMVの振り付けで知られる名振付師ライアン・ハフィントンがバージョンアップさせたのが『The OA』のストーリーの鍵を握る謎のダンスである。

 臨死体験中にプレーリーは、自分こそが「Original Angel(第一の天使)」であると知らされ、カトゥーンからムーヴの啓示を得る。
 彼女は元アメフト選手のホーマー(エモリー・コーエン)、美しい声を持つレイチェル(シャロン・ヴァン・エッテン)、HIVポジティブのスコット(ウィル・ブリル)、プレーリーの後に拉致されてきたギターの達人レナータ(パス・ベガ)からなる4人の監禁仲間と複雑なダンスを作り上げていく。それぞれが死後の世界から持ち帰ったムーヴを繋ぎ合わせて作ったダンスを、5人が一糸乱れず踊れれば異次元への扉が開き、自由な世界へと脱出できると確信したからだ。
 ところがレイチェルだけがなかなか啓示を受けず、彼らは何年も足踏みすることになる。ここから5つめのムーヴが発見され、プレーリーが解放されるまでの展開はスピーディーかつドラマチックだ。
 プレーリーがどうして廃屋に5人を集めたのかも、理由が明かされる。彼女は未だ監禁状態にある仲間を救うために異次元の扉を開くべく、5人にダンスさせようと考えた。
(続きは『ネットフリックス大解剖』P.215、または本ページ下部にてご購読いただけます)

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※転載にあたり、動画および埋め込みリンクを加えています。


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《書誌情報》
『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix』
ネット配信ドラマ研究所 編
四六・並製・232頁
ISBN: 9784866470856
本体1,500円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK239

〈内容紹介〉
イッキ見(ビンジウォッチ)がとまらない。
世界最大手の定額制動画配信サービスNetflixが製作・配信する
どハマり必至の傑作オリジナルドラマ・シリーズ11作品を8000字超えのレビューで徹底考察。
ネトフリを観ると現代社会が見えてくる!

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〈目次〉
・麻薬戦争という名の“ネバー・エンディング・ストーリー”――ナルコス(村山章)
・ブレイキング『ブレイキング・バッド』――ベター・コール・ソウル(小杉俊介)
・〈他人の靴を履く〉ことへの飽くなき挑戦――マスター・オブ・ゼロ(伊藤聡)
・熱狂的なファンたちに新たなトラウマを残した人気シリーズ続編――ギルモア・ガールズ:イヤー・イン・ライフ(山崎まどか)
・愛することの修練についての物語――ラブ(常川拓也)
・酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み――ボージャック・ホースマン(真魚八重子)
・ラジオブースから届ける分断された社会へのメッセージ――親愛なる白人様(杏レラト)
・少女の自殺が呼んだ大きな波紋――13の理由(辰巳JUNK)
・ポップカルチャーの新しいルール。またの名を『ストレンジャー・シングス』――ストレンジャー・シングス 未知の世界(宇野維正)
・ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡――ブラック・ミラー(小林雅明)
・死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき――The OA(長谷川町蔵)


以下より、「死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき――The OA」全文をご購読いただけます。

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