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ギレルモ・デル・トロ×アンドレ・ウーヴレダル『スケアリーストーリーズ 怖い本』Blu-ray&DVDが本日7月3日発売!特別寄稿『デル・トロのモンスター愛』

これまで、数々のギレルモ・デル・トロ監督関連書を手掛けられてきた翻訳家・阿部清美さんが『スケアリーストーリーズ 怖い本』のBlu-ray&DVD発売を記念して、このたびご寄稿くださいました!魑魅魍魎のデル・トロ監督の怪物ワールドを是非お楽しみください♪

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「monster(モンスター)」という英単語は「怪物、化け物、魔物」の意味で、語源がラテン語の「monstrum(凶兆、不安や驚異を呼び起こす何か)」「monere(警告する)」だと言われている。それが、「神が警告するほど奇怪な存在」「得体の知れない不気味な生き物」の意に転じたようだ。つまり、その気配を感じたときに、「一緒にいたら悪いことが起こるかも知れない」と不吉な思いを抱かせるのが、「モンスター」なのだろう。
 
 そんな禍々しいモンスターを愛してやまない映像作家がいる。彼の名前は、ギレルモ・デル・トロ。2006年のダーク・ファンタジー映画『パンズ・ラビリンス』からのファンも多いだろうが、アカデミー賞作品賞、監督賞といった主要部門に輝き、世界中の映画賞を総舐めにした『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)や、日本でもSNSを中心に大いに話題となった怪獣映画『パシフィック・リム』(13)などで彼を知った人も少なくないはずだ。円谷プロの『ウルトラ』シリーズ、スタジオジブリ作品、伊藤潤二のホラーコミックなど、日本の特撮、アニメ、漫画にも造詣が深いデル・トロは、生粋のオタク監督としても日本のファンに愛されている。そして、その私生活では、「オタクが金を持ったらこうなる」を見事に体現し、己の好きな物をとことん蒐集。フィギュア、映画のプロップ、古書、アート作品などの膨大なコレクションのために増改築を重ねた「荒涼館」と呼ばれる自宅(敬愛するチャールズ・ディケンズの小説『荒涼館』に由来)は、もはや芸術の域に達し、アメリカ、カナダ、メキシコ各地で彼の蒐集物を紹介した展覧会「Guillermo del Toro:At Home with Mosters」が開かれたほどだ。

 幼い頃から、モンスター、悪魔、幽霊など暗く恐ろしいホラーとファンタジーの世界の魅力に取り憑かれてきたデル・トロだが、数あるモンスターの中で最も心を奪われているのが、メアリー・シェリーのゴシック小説『フランケンシュタイン』に登場するフランケンシュタインの怪物だ。1931年にジェームズ・ホエールによって映画化され、俳優ボリス・カーロフが演じた醜悪で大柄なモンスターの容貌──土気色の肌に平らな頭部にせりだした額、縫い目のある顔に首に刺さったボルト──が、そのまま怪物のイメージとして定着している。デル・トロは、メイクアップ・アーティストのジャック・ピアースが生み出したこの容貌をいたく気に入り、荒涼館の玄関広間に巨大な頭部像を飾って来客を迎えさせている他、ボリス・カーロフが椅子に座ってジャック・ピアースから怪物メイクを施されているという設定の等身大の彫像も特注して所有しているほどなのだ。

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『ギレルモ・デル・トロの怪物の館 映画・創作ノート・コレクションの内なる世界』(DU BOOKS刊)より

 そんなデル・トロが、フランケンシュタインの怪物にここまで思いを寄せるのには、理由がある。『フランケンシュタイン』は悲劇の物語だ。ヴィクター・フランケンシュタイン博士が死体をつぎはぎして生み出した人造人間は、その醜い姿のせいで皆から忌み嫌われる。創造主である博士は、無責任にも怪物を見捨てて逃亡。無垢な心と知性を持つ怪物は、勝手に生み出された挙句、誰にも愛されないどころかに排除されて孤独に苛まれ、悲嘆に暮れる──。実は、幼少期のデル・トロは、今の体型からは想像できないが、痩せっぽちの小柄な少年で、いじめられっ子だったという。外で元気に遊びまわる男の子が多い中、彼の友だちは本やアニメ。「自分ははみ出し者」「他の子とは違う」という意識が、人々から疎外され敵意を向けられたフランケンシュタインの怪物にギレルモ少年を強く惹きつけたのだ。こうして彼は、よそ者扱いされるモンスターに心を寄せて成長していく。

 デル・トロの監督作には、もれなく異形の存在が登場する。遭遇した相手に危害を加えるだけの凶悪な化け物、人間に積年の思いを訴えようとする幽霊、主人公をある場所に導く妖精など、存在理由は様々だが、彼は生み出したどのモンスターにも並々ならぬ愛情を注いでいるのだ。そんなデル・トロ監督の愛すべき怪物たちを紹介したい。

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『ヘルボーイ』(04)、『ヘルボーイ/ゴールデンアーミー』(08)のヘルボーイ

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『ギレルモ・デル・トロ創作ノート 驚異の部屋』(DU BOOKS刊)より

 マイク・ミニョーラのアメコミ『ヘルボーイ』の映画版の主人公ヘルボーイは、地球で育てられた悪魔の子。原作に忠実に、映画の中の彼も全身が真っ赤で、激昂したら手が付けられないほど暴れ回る大男なのだが、デル・トロ版のヘルボーイはどこか子供っぽく、恋に悩む人間臭さが加味され、この性格描写も多くのファンに愛された理由のひとつだと言えよう。そして、原作とはやや異なり、髪型が力士の大銀杏風のちょんまげ姿になったのは、侍役を多く演じた日本の俳優三船敏郎へのオマージュではないかと思われる。

 また、デル・トロが愛してやまない作家H・P・ラヴクラフトが猫好きだったことから、ヘルボーイも無類の猫好きという設定になった。ラヴクラフトの影響は『ヘルボーイ』の1作目と2作目の両方に現われており、ラヴクラフトの小説『狂気の山脈にて』の古(いにしえ)のものを彷彿させるクリーチャーをはじめ、クトゥルフ神話の触手を持つ生物が随所に顔を出している。
 『狂気の山脈にて』の古のものに似たモンスターは、『ヘルボーイ/ゴールデンアーミー』のトロール市場のシーンに登場。『スター・ウォーズ』シリーズの酒場カンティーナ同様、種々様々なクリーチャーで賑わっている場所である。一瞬しか映らないモンスターやセットでさえも、非常に凝っているのがわかるはずだ。

『ヘルボーイ』の予告編。触手系モンスターが複数登場。

『クリムゾン・ピーク』(15)の赤い亡霊たち

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『ギレルモ・デル・トロ クリムゾン・ピーク アート・オブ・ダークネス』(DU BOOKS刊)より

 タイトルにある「クリムゾン(crimson)」は「深紅色」の意味。物語の主な舞台となるイギリスの丘陵地帯は、まるで血肉のように真っ赤な土壌ゆえ、“クリムゾン・ピーク”と呼ばれている。ヒロインのイーディスは幼い頃から幽霊が見える質なのだが、このクリムゾン・ピークに建つ古い館“アラデール・ホール”に嫁いだ後、世にも恐ろしい深紅に染まった亡霊に遭遇することに。しかも、1体、2体では済まないのだから始末が悪い。亡霊たちが深紅色なのは赤い土地と大いに関係があるのだが、なぜイーディスの前に姿を見せるのか、その真相は、ぜひ映画で確認していただきたい。とにかくデル・トロ作品の中でも、この亡霊たちの苦悶の表情は屈指の恐ろしさだ(そして、物語の最後には、紅の亡霊とは極めて対照的なゴーストも登場!)。赤いゴーストたちとともに、デル・トロがこだわり抜いたゴシック建築の屋敷そのものも多くを物語っていることに注目だ。

『パンズ・ラビリンス』(08)のペイルマン

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ミネアポリスで開催された「Guillermo del Toro : At Home with Monsters」展のペイルマン像 (筆者による撮影)

 最も怖い映画のモンスターといったランキングで、必ずといっていいほど上位に食い込むのが、ペイルマンだ。『パンズ・ラビリンス』はアカデミー賞撮影賞を獲得し、その美しくも恐ろしく悲しい世界観が高く評価されたことで、デル・トロ監督の名前はさらに広く知られるようになった。タイトルの「パンズ(Pan’s)」のパンは主人公の少女オフェーリアが出会う迷宮の守護神。ギリシャ神話の牧羊神パンがモチーフで、半人半獣の不気味な姿をしていて登場回数も多いのだが、インパクトという点では、たった1度しか出てこないペイルマンに軍配が上がる。オフェーリアはパンから課されたふたつ目の試練で、この怪物と出会う。その名のごとく、全身が血の気を失った真っ白な肌をしていて、つるりとした顔には目が付いていない。のっぺらぼうかと思いきや、皿に置かれていた眼球を手にはめるや否や、顔の前で両手の指をパッと開く。指がまつ毛のごとく広がり、手のひらの眼球がぎょろりとこちらを見つめる瞬間は、映画史に残る恐怖シーンであろう。これまで子供を何人も食してきたペイルマンに少女が追われるとき、自分も一緒になって逃げている気分に陥るはずだ。

『デビルズ・バックボーン』(01)のサンティ

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『ギレルモ・デル・トロ創作ノート 驚異の部屋』(DU BOOKS刊)より

 内戦下のスペインの孤児院に新しくやってきた少年カルロス。外では戦という過酷な現実、孤児院内では大人たちの身勝手な事情が子供たちを苦しめていく中、彼は幽霊を目撃するようになる。何かを訴えたいのか、ことあるごとに出没するこの幽霊がサンティだ。目は真っ黒にくぼんで血の涙を流したような痕があり、真っ白な顔には陶器がひび割れたような傷。そこから鮮血のようなエクトプラズムが立ち上っているという独特の容貌をしている。不気味な存在ではあるが、不思議と怖くはなく、物悲しさが始終漂う。デル・トロは、壊れた陶器人形のようなサンティのデザインをいたく気に入っており、映画で使用した彫像をとても大事にしている。サンティの白い陶器肌に思い入れが強い彼は、他の作品でも似たような肌を持つキャラクターを登場させた。『ヘルボーイ/ゴールデンアーミー』のエルフ族のヌアダ王子とヌアラ王女も真っ白な顔で、ひび割れとまではいかないが、フランケンシュタインの怪物をどことなく思わせる縫い目のような模様が入っている。ふたりは双子で、精神的にも肉体的にもつながっているため、片方が傷つけば、もう片方も同じ箇所から血を流す。サンティの赤いエクトプラズムと同様に、王子と王女の肌から流れる血という鮮烈な白と赤のコントラストが印象的だ。
 さらに、同作に出てくる死の天使も、白い顔に白い体。イチョウの葉を思わせる形の頭は硬質でひび割れており、ペイルマンよろしく目がない。だが、目玉は手のひらにあるのではなく、黒い翼に何個も埋め込まれている。デル・トロの独創性が炸裂した造形美──死の天使がファンの間で人気が高いのも納得だ。

『シェイプ・オブ・ウォーター』の不思議な生き物

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ギレルモ・デル・トロのシェイプ・オブ・ウォーター 混沌の時代に贈るおとぎ話』(DU BOOKS刊)より

 青く輝く半魚人のような水棲生物の「彼」には、名前がない。映画でも「あれ」「この生物」「彼」と、もっぱら代名詞で呼ばれるが、孤独なヒロイン、イライザは、彼の凛とした佇まいと美しい瞳に惹かれていく。デル・トロ版『美女と野獣』とも言える異種間恋愛譚だが、呪いが解けた野獣が人間のイケメン王子に変わるというおとぎ話のようなラストは待っていない。「彼」は人間の言葉はしゃべれないが、イライザは発話障害を抱えているため、ふたりは手話で会話し、視線で意思疎通をする。外見も人種も社会ステータスも関係ない、純粋に心と心が共鳴し合う美しい関係が、青を基調とした世界で描かれていく。
 デル・トロがフランケンシュタインの怪物と並んで、大きな影響を受けたモンスターとして挙げているのが、1954年の映画『大アマゾンの半魚人』に出てくる半魚人のギルマンだ。子供の頃にこの作品を観たデル・トロは、遊泳中のヒロインを川底から見上げ、そっと泳ぎながら彼女に近づいていくギルマンに気持ちを重ね、胸がときめいたという。『シェイプ・オブ・ウォーター』の「彼」は、確かにギルマンの影響を受けた造形になっているが、筋肉、ヒレ、発光する皮膚、宝石のような目など、どの部分も非常に緻密に作り込まれている。そして、動作だけで感情を豊かに表現した(皮膚の色も感情の起伏で変化するが)スーツアクターのダグ・ジョーンズの才能が、「彼」を映画史上最も繊細なモンスターに仕上げた。

 そして、最後に紹介するのが…

『スケアリーストーリーズ 怖い本』(19)の青白い女

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スケアリーストーリーズ 怖い本 ギレルモ・デル・トロ&アンドレ・ウーヴレダルの世界』(DU BOOKS刊)より

 白いぶよぶよの身体。無造作に伸びた黒髪。小さくてつぶらな瞳。「キモ可愛い」の「キモ」率がかなり高めの容姿だが、間違いなく、ひと目見たら忘れられないモンスターであり、これまであまり見られなかったタイプ。しかも、無言でじりじりと迫り、相手を抱きしめて、ぶよぶよの身体にうずめてしまうのだからたまらない。
 この映画は、アルビン・シュワルツの怪奇譚を集めた児童書が原作である。だが、侮ることなかれ、“児童書”に分類されてはいるものの、スティーヴン・ガンメルの挿絵があまりにも恐ろしく(黒一色の素朴な線画なのだが、それがかえって怖い!)、子供たちにトラウマを与えたとして、全米の学校図書館に置くのを禁止しろと世間をざわつかせたいわくつきの本なのだ。偶然この本を手にした若きデル・トロが衝撃を受け(といっても、幼い頃からホラー耐性のある彼は、驚嘆や感動に近い気持ちだったはず)、長年温めてきた映画化の企画が、『ジェーン・ドウの解剖』(16)、『トロールハンター』(10)のアンドレ・ウーヴレダルを監督に迎え、デル・トロが製作・脚本を務めて実現した。原作に収録された数ある怪談話から、デル・トロは最も怖いとされている4編を選び出し、ガンメルの独特の挿絵に忠実にモンスターを再現させたことが、映画の高評価につながっている。
 ウーヴレタルははじめ、モンスターは全てCGで作ろうと考えていたらしいが、デル・トロに実際に作らないとダメだと説得され、全ての化け物を等身大の立体像に仕上げたという。こうして造形畑出身のデル・トロのおかげで、唯一無二のモンスター、青白い女が完成。思わず観る者に「絶対に嫌だけど、でも、ちょっとだけ……あのぶよ腹に顔をうずめてみたい」とイケナイ思いを抱かせる質感を作り出したのだ。

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 ここで紹介した以外にも、デル・トロ監督の作品には数えきれないほどの愛すべきモンスターたちが登場している。どんな端役のクリーチャーの造形にも監督は手を抜いていないので、ぜひご自身の目で(ときには一時停止をして)ユニークな魅力を発掘してみてほしい。かつてデル・トロは、「モンスターにもそれぞれの言い分があり、倒されたモンスターを見て悲しい気持ちになってくれれば──」と語っていたが、常に怪物サイドに立つ彼だからこそ出た言葉だろう。
 ぶれることなくモンスター愛を貫く彼は目下のところ、ストップモーションアニメ映画『ピノキオ』、1947年の『悪魔の往く町』のリメイク、『スケアリーストーリーズ 怖い本』続編などを制作中だ。『ピノキオ』は「『フランケンシュタイン』のような作品になる」と言っているので、デル・トロ・マジックでどれほどダークな物語になるのかが楽しみであるし、『フリークス』(32)への思い入れが強い彼が、見世物小屋が登場する『悪魔の往く町』をどう料理するのかも期待せざるを得ない。さらに『スケアリーストーリーズ 怖い本』の第2弾では、果たして青白い女を超える衝撃の怪物は現れるだろうか。今後も、デル・トロの愛情がたっぷり注がれた新たなモンスターの誕生に注目したい。(文責:阿部清美)

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ミネアポリスで開催された「Guillermo del Toro : At Home with Monsters」展の死の天使像(筆者による撮影)


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