見出し画像

薄氷のプロローグ/出版日記

おはよう 世界。
おはよう note。

note。いったいどれほどぶりに書いているのだろう。『古本屋開店日記』以来だから、ちょうど1年が経ったころでしょうか。
1年ぶり、改めまして北海道は小樽、海と山に恵まれた銭函(ぜにばこ)という地域にございます古本屋 DUALBOOKs の店主、ぢっちと申します。

デニムエプロンにご満悦のワタクシぢっち

この note という素敵な空間には、古本屋店主としてのあれこれ、例えば開店日記の続きとして、オープン後の理想と現実のはざまで反復横とびする日々や、本屋ならではの多少気の利いた本の紹介、カルチャー発信拠点としての楽し気なイベント情報、などなどが、ある程度整理されながら、それなりの頻度で書き重ねられていく。そんなことを想像していたように思います。

それがまぁ、どうしたことでしょうか。
気が付けば、最初の『古本屋開店日記シリーズ』だけ。ほんとにキレーにそれだけで更新が滞ってしまっておりました。いや、正確にいえば、その『古本屋開店日記』すら、開店というその瞬間までの激流の様相を、アドレナリンだかドーパミンだかセロトニンだから知らないけれど、不可視の物質と精神がどひゃーってなっている状態を描きながら、「いよいよ開店!がんばった!ありがとおお!」みたいに締めくくるかと思いきや、実際には、

あの
すいません
実は
もうオープンしてました

という、どうにも締まらない事後報告という始末だったのです・・・(申し訳なさすぎるので、むしろぜひ、ご覧ください)。ひどい。人生にそう何度とない貴重な開店物語のエンディングが「あ、なんかすいませんけど、もう終わってるんですよこの話。言ってなかったけれど。」という、異様に腹立たしい肩透かし具合になったことを反省したのか後悔したのか、今日の今まで、note 投稿は凍結していたのでした。

そんな凍結ぢっちが、本日をもって解凍ぢっちになったのはなぜかと言うに、この記事のタイトルにもありますように、始末の悪かった開店日記の反省をきっちりと踏まえ、今度は 『出版日記』をはじめてみようかと思ったからなのであります。

出版日記・・・しゅっぱん・・・・シュッパン・・・・shu-ppan・・・いや、くどい。素直に向き合おう、出版です、出版。念のためもう一度。

出版です!

もう寝耳に水、青天の霹靂、足下から・・・なんでしたっけ、まぁなんでもいいか。兎にも角にもあまりの急展開に、感情の動きが鈍いワタクシも、さすがに一瞬困惑しました。30秒ぐらい。

これは一体どうしたことかと申しますと、6月は末の頃、とある出版社の方から大変ご丁寧な手紙が届きまして、我々夫婦の古本屋の、その開店までの経緯もさることながら、北海道の方田舎で「場」として機能することを意識している古本屋 という部分に、ナニカをお感じになったとのこと。その辺のことをぜひ書籍としてまとめてみませんか、というそんなお手紙だったのです。その編集のお方(仮にG氏としましょう)は、例の不始末な開店日記だけでなく、店主がいっそう雑になる ブログ にも目を通していただいたようで、あちらこちらに散らかった拙文からナニカの欠片を広い集め、G氏なりの想いのアリカを紡いでくれたのだと思います。なんて奇特なお方なのでしょうか。。。。ワタクシは、生来、なにかにつけて、人とタイミングにとことん恵まれていると自覚しているのですが、G氏からの全く予期せぬお手紙をいただいたのは、現在の入院 2~3日前のことでした。今後の人生の在り様に大きな変化を強いる病状(端的に言えば透析生活が始まるというお話)の中、出版つまり腰を据えたマジな執筆 というシン・人生における新鮮なチャンスをいただたいわけです。

もうめちゃんこ月並みなこと言いますけど、
人生って、何があるかほんとにわからないですね。

「良いも悪いも半分こ」

というのは、妻がよく口にする言葉ですが、全くその通り。全くいいバランスで成り立つこの世界で、そのバランスの振幅を感じるたびに、その質感に触れる度に、世界っておもしろいなぁ、と震撼するわけです。

さてさて、そろそろ長くなり過ぎました。
段々とこの 出版日記プロローグ も仕舞に向けていこうと思うのですが、本記事タイトルにあります「薄氷の」という枕詞、その意味するところを明示しておかねばなりません。「その意味するところを」なんて、さも意味ありげに書きましたが、要するに、まだどうなるかはわからないってことです。G氏との初回打ち合わせはこれからだし、スリリングなお金の問題もある(これが実に興味深い)ので、今後どのような進み方をするのか、その内容も規模もスケジュール感も、まだまだ不透明。だから薄氷なのです。

無論、薄氷のままではなくきちんと固めていきます。極寒の中、その固めた分厚い氷を穿つ斧を突き立て、そこにナニカの種を落とすのです。氷の下に眠る土に根を張り、氷の上に広がる世界にタッチする。そんな花を咲かせる種を落とすのです。

キルケゴールは、その著書『現代の批判』の中でこう言います。現代は

・感激の冒険を芸の展示に変えてしまうであろう
・一時的に感激に沸き立つという点でも、そうかと思うとやがてまた冷淡な無感動の状態に帰って、せいぜい冗談ごとを好むという点でも、喜劇的なものにごく近い

と。この人生初の出版、という未開の地への冒険は、私にとって 感激の冒険 に違いありません。ですが、このプロローグにも如実に現れているように、その感激を芸の展示やせいぜい冗談ごとに貶め(おとしめ)ないように気を付けねばなりません。想えば、この時代に 古本屋の実店舗を開店するということ自体、私たち夫婦にとっては 「現代への批判であり感激の冒険」だった のです。その風合いを損なうことなく、出版という次の航海に出帆(しゅっぱん)せねばならないのです・・・・・・ね、喜劇的なことになりやすい。ぜひ、気を付けていきましょう!ま、この出版日記はいいんだけどね。

次回、出版日記01 では何が報告できるでしょうか。どうか末永くお付き合いいただきますようお願いいたします。

最後までお読みいただきありがとうございます。
この記事への スキ(♡)は誰でも押すことができます。
なんかいいじゃん!応援するわ!と思っていただけたら、ぜひ ♡ をお願いします。
これをきっかけにフォローしていただけると、なお嬉しいです

それでまた、素敵な日々の素敵な隙間でお逢いしましょう。Chao!!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?