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ペットボトルでいかだを作った。

ペットボトルでいかだを作った。最近のことではなく中学三年生の頃の話だ。


はじまり

公園での遊びに魅了され、毎週末には必ず近所の公園に通っていた中学二年生の僕はある日ペットボトルでいかだを作ろうと思い立つ。そこで今でも仲の良いある友達に声を掛け2Lペットボトルをひたすら集めることにした。
目標は100本。一辺に10本は必要だと想定しひたすらペットボトルを集めていった。しかし二人ではいくら頑張っても気が遠くなるほどの時間がかかる。そこで近所のごみ捨て場からペットボトルをこっそりもらっていった。当時僕たちは公園以外に橋の下や高架下でも遊んでおり、そこでの生活道具(突っ張り棒、ごみ箱)はごみ捨て場で拾ったものを使っていた。ゴミ捨て場といっても意外ときれいなものが多く、ペットボトルもしっかり洗ってあるものが多かった。僕たちは毎日ゴミ捨て場をまわり少しずつペットボトルを集めていった。集めたペットボトルは僕の住むマンションのボイラー付近にこっそり隠しておいた。そうして約3か月が経ち、ついにいかだの制作に突入した。


いかだをつくる

良く晴れた5月の休日、ついにいかだを制作することになった。集まったペットボトルは160本。漠然といかだを作ることを考えていたが、人が数人乗っても沈まないようにするには頑丈なつくりでなければならない。さんざん迷った挙句、最初からすべてのペットボトルを組み合わせるのではなく2×10本のペットボトルをガムテープで巻き、細長い塊を8組作ることにした。
当日にひろったペットボトルを公園で洗っていると、近くの団地に住んでいる小学生の友達と出会った。彼女らは僕たちと市や学校は違うものの家は近く、これまでも何度か公園で遊んだことがあった。そこでいかだ制作について話をすると、興味を持ったらしく制作を手伝ってもらえることになった。こうして総勢8人でいかだを制作した。
2×10の塊ができた後にそれを全て並べ、まとめてガムテープで巻きつけることでいかだが完成した。以下が完成したいかだの写真だ。

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でかい。写真でも少しは伝わると思うが、予想以上に大きないかだが完成したのである。

そして驚いたことにこのいかだはたった3時間で完成してしまったのだ。昼になったため僕たちは一度家に帰り、午後にはついに川にいかだを浮かべることになる。


いかだ出航

午後1時。午前にいかだを制作した面々が再び集まった。いかだを浮かべる場所として制作メンバーの半数がすむ団地の近くを流れる川が選ばれた。幸いなことにいかだの制作場所からその川は近く、全員でいかだを持ちあげ運ぶことにした。
川につき、まずは無人のいかだを浮かべようとしたとき、ごみ収集用の網が目に入った。事前の情報収集によりいかだの中心が曲がり水没する場合があると知っていた僕はいかだの底にこの網をつけることを提案した。網でペットボトル一本一本を固定することによっていかだが曲がることを防ぐことができると考えたからだ。
まずは川に無人のいかだを浮かべた。問題なく浮いた。次にメンバーの中で最も体重の軽い小学校低学年の二人に順番に乗ってもらうことにした。これも成功。その後少しずつ体重の重い人が乗っていき、ついに中学生二人と小学6年生の計三人の体重を支えられることが分かった。制作時には一人乗りを想定していたためこの結果は良い意味で予想外であった。
そして年齢の低いメンバーを乗せて中学生の僕たちが引っ張りながら川を上っていったり、年長者3人が自力でいかだをこいで川下りなどをした。
楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまうものでいつの間にか夕方になっていた。僕たちはいかだを岸にあげ、人目のつかない橋の下に隠して解散した。今思っても本当に楽しい一日だった。


後日談

数日後、いかだの様子を見に橋の下に行くとそこにはもう何もなかった。行政が回収したのか、近所の子どもたちがどこかに持って行ったのか、いかだの行方は分からない。形として残るものはすべて消えてしまったけれど、あの日の記憶は大学生になった今でも鮮明に覚えている。今日はそんな記憶の一部分を文章化した。僕がこの「遊びの備忘録」を始めた理由の一つに、過去を懐かしむ気持ちがある。本当に当時は毎日が楽しく今でも当時のことを思い出してはノスタルジーに浸ることがよくある。しかし僕はもう大学生になってしまった。それは僕自身だけでなく当時遊んでいた人たちはみなそれぞれに成長してきた。過去を懐かしむことは出来てももうあの頃と全く同じように遊ぶことは出来ない。それでも当時の記憶を文章として記録することが僕のノスタルジーを満たしてくれるのであればそれで良いのだと思う。

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