街風 episode.22.3 ~GIRLS TALK〜
「ただいまー。」
「お姉ちゃんおかえり!」
「まだ起きてたの?」
パジャマ姿のカオリが、眠そうな目を擦りながら出迎えてくれた。日付もとっくに変わっていたので、私は両親を起こさないように、忍び足で玄関を上がり自分の部屋へと向かった。このままベッドに飛び込んだらすぐに寝落ちしちゃうと思い、パパっと荷物を片付けてシャワーを浴びようと支度をはじめた。
「お姉ちゃん今日は飲み会?」
カオリが部屋にやってきた。相変わらずウトウトしながら頑張って立っている。
「違うよー。ケンジ先輩とノリさんのお店をお手伝いしてた。」
「え、どういうこと!」
カオリの眠たい頭の中に一気に情報が流れ込んだので、カオリは先程までの眠そうな目から大きく目を見開いた。
「今日はもう遅いから、また明日ね。」
私がシャワーを浴びに行こうとすると、カオリはまだ色々と聞きたくてウズウズしている。
「ホットミルク入れて待ってるから、お風呂上がりにもう少しだけ話を聞かせて。」
カオリはどうしても今日のうちに聞きたいらしい。今日と言っても、既に25:00を過ぎていたけれど。行ってらっしゃいと見送られて、私はお風呂へと向かった。
シャワーだけで済ませる予定だったけれど、いざシャワーを浴びてみると身体がとても疲れているのが分かったので、湯船にも使って足のむくみを取るようにマッサージした。ノリさんのスープパスタのおかげで、身体は冷えることなくずっとポカポカとしたままだった。今日を振り返りながら、パンパンに張ったふくらはぎを揉みほぐす。
お風呂から上がり、バスタオルで髪を拭きながら部屋へと戻った。すると、カオリが2人分のホットミルクを淹れて待機していた。
「戻りましたー。」
「おかえり!」
カオリはすっかり目が覚めたみたいだ。
「早速聞かせてよ。」
「分かった分かった。笑」
カオリが私の学習机のイスに座っていたので、私は自分のベッドに座った。早く早くと急かすカオリに待てとジェスチャーし、淹れたてのホットミルクを一口飲んだ。優しい温かさが口から喉へとそして身体中へと染み渡る。
「よし!じゃあ、話してあげよう。」
「わー、楽しみ!」
パチパチと音のしない拍手をしながら、カオリは軽く身を乗り出して食い入るように話を聞こうとした。
それからケンジ先輩と帰っていた時に半ば強引にお店の手伝いに一緒に行くことになったこと、ノリさんのお店が居心地良くて働きやすかったこと、閉店までの話をカオリにダイジェストで報告した。カオリは、子供が読み聞かせを楽しんでるかのようにキラキラした目でずっと聞いていた。
「でもね、ここからが本編。」
「ええー、なになに?」
私が少し勿体ぶるとカオリは早く聞きたいと目で訴えてきた。
「実はね、ノリさんの元カノが来たの。」
「えーっ!ノリさんの恋愛話って聞いた事無いから驚いた!」
「その人がとんでもない美人なの。お店に来た時は、走ってやってきたのか息を切らして髪も乱れていたんだけど、それでもオーラからして違っていたの。」
「さすがノリさんだね。」
「でね、その人ユリエさんっていうんだけど、ユリエさんがノリさんを見つけると、その瞬間ノリさんの胸に飛び込んでいったの。」
「ドラマみたいだね。」
「そうそう!もう私もケンジ先輩も2人で口をポカーンと開いたまま、ただただその光景を見ているしかなかった。」
「なんかお姉ちゃん達の姿が想像できるなあ。まるで恋愛ドラマの脇役って感じだね。」
「でしょ。それでね、暫く2人でお互いをぎゅっと抱き締めあって何か話してたんだよね。」
「何を話してたの??」
「ちゃんと話すから急かさないの。」
私はホットミルクを一口飲んで一息ついた。そして、カップを元の位置に戻して再び話を続けた。
「実は、ユリエさんは既に婚約してたの、ノリさん以外の人と。でもね、未だにノリさんの事が好きだったみたいで、それを悟っていたユリエさんの婚約者がユリエさんをフッたらしいの。そこでようやく自分の本当の気持ちに気付いたユリエさんは、婚約者の後押しもあってフラれたその足でノリさんのお店へやってきたってわけ。」
「なんか本当にドラマだね。」
「でしょ。で、そこから再び正式にノリさんとユリエさんは付き合う事になって、私達4人で閉店後の店内でずっとお喋りして盛り上がっていたの。」
「いいなあー!楽しそう!」
「とても楽しかったよ。ノリさん特製のスープパスタもサンドウィッチも美味しかったし。」
「スープパスタ?いいなあ、いいなあ。なんだか久しぶりにノリさんのお店に行きたくなっちゃった。」
「ふふふ。実はね、今度クリスマス辺りにクリスマスパーティと忘年会も兼ねて飲み会しようってノリさんに提案されたの。だから、カオリとワタル君もきっと招待されると思う。その時に、ケンジ先輩とワタル君に私たちが姉妹だってことをネタバレしようよ。ノリさんだけにはこっそり教えといたから。」
「とっても楽しそう!」
カオリは、ノリさんの提案を聞くと目をさらにキラキラと輝かせていた。私も今から楽しみでワクワクが止まらない。
「でも、ユリエさんの婚約者ってすごいね。」
カオリは、ホットミルクの入ったカップを両手で抱え、残り僅かになった中身を見ながらしみじみと呟いた。
「そうね。献身的な愛だね。」
私がそう言った後、2人は暫く沈黙した。“献身”という一言では片付けられないユリエさんの婚約者の行動は、他の人が簡単に真似できるものではない事を2人は分かっていた。
「もしも、私が同じような状況だったら、きっとユリエさんを送り出す勇気も無く“自分が幸せにしてみせる”って意気込んじゃいそう。それがユリエさんにとっての本当の幸せではないと分かっていても。」
カオリは寂しそうに呟くと、カップに残っていた最後の一口を飲んだ。
「でも、最初はユリエさんの婚約者もそうだったと思うよ。話を聞く限り、本当にユリエさんは幸せそうだったし、将来だって考えていたんだし。でも、良くも悪くも諦めちゃったんじゃないかな。これ以上の幸せは自分では叶えられない、ってね。」
「複雑だなあ。」
「大人になってからの恋愛ってお互いが好きだけじゃダメなのかもね。」
2人は再び暫く沈黙した。甘くて温かいホットミルクと、ほろ苦くて切なさを含んだユリエさんとノリさんの復縁話は、私たちに大人の世界を少しだけ見せてくれた。
「さあ、そろそろ寝よう。」
私がそう言うと、カオリは名残り惜しそうな顔をしながら了解してくれた。2人でカップを片付けてお互いの部屋に戻った。ベッドに寝転がって目覚ましをセットした後、窓から零れる月明かりに誘われて外を眺めた。
「今夜も月が綺麗だね。」
私は、まだ出会ってもいない運命の人に対して呟いた。
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