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映画『茶飲友達』の話をする

 衝撃的な映画を観てしまった。上手くまとまらないけれど、膨大な思考をつらつらと垂れ流していこうと思う。


概要・あらすじ

 実際に2013年10月に起こった、高齢者向け売春クラブが摘発された事件がモチーフとなっている。会員総数は男性1000人・女性350名。最高齢は88歳。新聞の三行広告に「茶飲友達、募集」という文字と電話番号。その広告の実態は、高齢者専門の売春クラブ「茶飲友達(ティー・フレンド)」への斡旋の入り口だった――

映画『茶飲友達』チラシ(表)
映画『茶飲友達』チラシ(裏)

妻に先立たれ孤独に暮らす男、時茂雄(渡辺哲)がある日と目にしたのは、新聞の三行広告に小さく書かれた「茶飲友達、募集」の文字。
その正体は、高齢者専門の売春クラブ「茶飲友達(ティー・フレンド)」だった。運営するのは、代表の佐々木マナ(岡本)とごく普通の若者たち。彼らは65歳以上の「ティー・ガールズ」と名付けられたコールガールたちに仕事を斡旋し、ホテルへの送迎と集金を繰り返すビジネスを行なっていた。マナはともに働くティー・ガールズや若者たちを”ファミリー”と呼び、それぞれ孤独や寂しさを抱えて生きる彼らにとって大事な存在となっていた。
ある日、一本の電話が鳴る。それは高齢者施設に住む老人から「茶飲友達が欲しい」という救いを求める連絡であったー。

映画『茶飲友達』ホームページより


彼らは本当に搾取されていたのか

 実際にあった事件がモチーフとなっているので、観終えたあとにひと通り調べたが、寂しい老人を囲い込んで金を騙しとったかのように書かれた記事を読んで、映画との大きな乖離に違和感を覚えた。
 売る側も買う側もそれぞれ事情があって、お互いに孤独や寂しさを紛らわす関係が完璧に成立しており、そこには善も悪もない。例えハリボテの幸福であったとしても、ぬるま湯に浸かりながらゆっくりと身体を温めるような、こんな時間がずっと続けばいいのにと願った。だが、1つのトラブルをきっかけに無情にも全てが一変してしまう。

理想郷の崩壊

 後半30分にも満たない理想郷の崩壊は、目を覆いたくなるほどに残酷で呆気ない。絆だと思っていたものは全て消え去り、結局は金銭や利益でしか繋がっていなかった現実を突きつけられる。マナと本当の母娘のように寄り添いあっていた松子には「出会わなければよかった」と言われてしまう。出会わなければ、犯罪に手を染めなかったし、生涯独身だった自分が母親のような感情を知ることもなかった。冷たい一言だけど、含みもあるように個人的には映った。
 マナの実際の母親は、マナの売春をしていた過去を強く非難し「私の娘は売春なんてしない子だよ」とまで言い放ち、彼女を全否定する。そんな母親が、のちに逮捕されたマナと面会し「家族でしょ」とさも優しい母親であるかのような顔をするシーンは一種のホラーだ。血縁だけが本物の家族とみなされる証左なら、それは呪いである。

マナは天使か、悪魔か

 またひとりぼっちになってしまったマナは逮捕・拘留され、取り調べの際に「あなたは他人の孤独を利用した」といったような指摘をされていたが、それの何がいけないんだろうと思う。確かに、孤独な高齢者を救うという大義名分を掲げながら、自分の心の隙間を埋めていたところがあるのは間違いない。しかし、摘発によって利用客たちは施設を追い出されたり、拠り所が無くなってしまい、ティーガールズたちは職を失い、経営側の若者たちもこの先どうなってしまうのか。

独りで死にたくない

 松子がとある利用客の自死を止めなかったことも、法的には罰せられるが「死にたい、でも1人で逝くのは嫌だ」というのは人間として自然な感情で、松子自身も死のうとしたことがあるから、それが汲み取れたし、最大限寄り添った結果でしかない。

 唯一、希望だと思ったのは、金庫の有り金を出来る限り鞄に詰めて走り去っていく千佳。彼女のやっていることも勿論間違ってはいるが、頼る実家や両親もない彼女がたったひとりで子育てをするには、これが最適解だ。人生のエピローグに差しかかった老人たちに焦点があてられている分、対照的な彼女の姿はより際立っていた。

正義とは

 身支度をしてティーガールを呼ぼうとした時岡が、電話が繋がらず縁側で茫然とする、そんな寂寞とした幕切れに胸が締めつけられた。彼もまた、制度の隙間からこぼれ落ちていってしまうのか。一度誰かとの触れ合い、温かみを味わってしまった後では、より孤独が重くのしかかってしまうことは想像に難くない。そう考えると、どこまでが正義か、正義とは何なのかが全くわからなくなる。

おわりに

 白黒つけることや、正しくあることはそんなにも重要なのか。実際、法やルールの上に自由が存在するが、正しいことが必ずしも正解というわけではないのである。曖昧な境界線の中で踏みとどまったり、ときには飛び越えながら、隙間をこぼれ落ちていく人、ものを可能な限り掬いあげていきたい。


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