日本人の知らない日本のことわざ"Strong people can spin their top in the sand."ってなんだ?
海外でしか知られていない日本のことわざ
"Strong people can spin their top in the sand."。
有名な言語学者が紹介してたけど、実は・・・という話。
(英語の引用は拙訳の上、原文を括弧書きで示している。本文中の※印は文末に注釈があることを示している。)
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雑談 アドベントカレンダー|赤すぎる犬、あかいぬ #note #アドベントカレンダー
1.はじまり
事の発端は、アメリカの作家ジョナサン・キャロル(Jonathan Carroll, twitter:@JSCarroll )さんの下記ツイート。
(上記引用のことわざを、以下「砂コマ」とする。)
このツイートに対して、風のハルキゲニア(twitter: @hkazano)さんやsaebou(twitter: @Cristoforou)さんが「本当に日本のことわざか?」と疑問を呈し、一部の注目を集めた。
2.出典は「ことわざの世界的権威」?
「砂コマ」の存在自体への懐疑を受け、キャロルさんは出典を補足した。
ディヴィッド・クリスタル(David Crystal, 1941-)は北アイルランドの英語言語学者。ことわざ研究での評価は分からないが、バンガー大学名誉教授や英国学士院フェロー、大英帝国勲章などの誉れを受ける著名な研究者である※1。
彼の著書『Az They Say In Zanzibar:Proverbial Wisdom From Around the World』は、副題「世界からのことわざ的知恵」の通り、世界中のことわざ、格言などを紹介している本である。
本書の紹介文には、
と書かれている※2。こちらは、「礼に過ぎれば諂となる※3」ないし四字熟語「慇懃無礼」といった対応する日本語がすぐに思い浮かぶ。著者同様に信頼できる本なのかもしれない。
3.『As They Say In Zanzibar』の検証
「砂コマ」が実際に乗っているのか、『As They Say In Zanzibar』※4を見てみよう。Kindle版であるがゆえに出典をページで示せないことをご了承いただきたい。
各ことわざは、体の部位や「強弱」、「正義」などのテーマごとにまとめられている。「砂コマ」は、
「54.強さ・弱さ(原文:54 STRENGTH – WEAKNESS)」 の8番、「162.回転(原文:162 REVOLVING)」の2番、「171. 硬さ・脆さ・柔らかさ(原文:171 HARD – BRITTLE – SOFT)」の24番、「428.娯楽(428 AMUSEMENTS)」 の13番と四度も紹介されている。
しかし、どれもことわざ自体を箇条書きに並べたのみで、その意味を知ることはできない。
出典については、脚注などの補足説明は見受けられなかった。本の終りに参考文献の一覧があるものの、「砂コマ」がどれから引かれているのかは、逐一文献に当たらなければ分かりえない。そもそも、挙げられているのは欧米の文献ばかりで、日本に関する専門的な文献や日本語資料を参照していないようだ※5。
加えて、「砂コマ」以外にも出自不明の日本のことわざが複数見受けられ、その信頼性は疑わざるを得ない。
4.結局「砂コマ」は存在するのか?
日本人が知らず、頼りの出典とされる本もあてにならない。結局のところ、「砂コマ」はどこから来たのだろうか。
ここで助けとなるのが、S・A・ウィジャワティレーク(S. A. Wijayatilake, 1901-1947)※6、G.H.サイモン※7著の論文「Some Sinhalese Proverbs from Ceylon」(1956)※8である。
論文は、20世紀半ばにセイロン(現スリランカ)の女性農業学校の学生らから集められたシンハラ語のことわざをまとめたものである。
該当論文の213頁に紹介されていることわざが、
である。件の「砂コマ」(Strong people can spin their top in the sand.)と多少の違いはあるものの、非常に似通っている。「砂コマ」はこのシンハラ語のことわざから来たものではないだろうか。
5.まとめ
アメリカの作家キャロルさんの紹介したことわざ「強者は砂の上でコマを回すことができる。」は、北アイルランドの言語学者クリスタルの著書『Az They Say In Zanzibar』(2006)に収録されているものであった。同書ではことわざを日本のものと紹介しているが、真偽は定かでない。
一方、ウィジャワティレーク&サイモンが1956年の論文で、セイロン(現スリランカ)のことわざ「幸運な者のコマは砂の上でさえ回る。」があることを紹介している。双方の類似から、クリスタルの「砂コマ」は、このシンハラ語のことわざが変化したものではないかと推測される。
今回のような例は珍しいことではない※9。正しい情報を得るには、著者や書籍の知名度、権威に惑わされることなく、内容を精査することが求められる。
※1.
ディヴィッド・クリスタルHPより。
※2.
『Az They Say In Zanzibar』内では、「6.大量(原文:6 large amount)」11番に収録。
※3.
伊達政宗の残した「五常訓」が内の一句として知られる。実際には後世の創作とされる。
(仙台市民図書館「076 『五常訓』は政宗の作かどうか」、種部金蔵編『要説 宮城の郷土誌』宝文堂、1983年、168-171頁。)
※4.
参照した版は以下。
David Cristal, Az They Say In Zanzibar : Proverbial Wisdom From Around the World, Amazon Kindle Version, Collins, 2014 (First Published in 2006).
※5.
前掲書の「参考文献(原文:FURTHER READING)」を参照。
※6.
セイロンの仏教学校ダルマラージャ・カレッジの校長。シンハラ人であり、サイモンのことわざ集の翻訳、背景知識の補足を行った。
※7.
セイロン農業省の女性農業学校システム監督官。論文は、彼女が1951ー53年に、ワルピタ女性農業学校の学生より収集したことわざ集に基づいている。
https://blog.oup.com/2008/09/proverbs_bloggers/
※8.
論文の詳細は以下。
Wijayatilake, S. A., and G. H. Simon. 'Some Sinhalese Proverbs from Ceylon.', Midwest Folklore, vol. 6, no. 4, Indiana University Press, 1956, pp. 205–20.
※9.
例として、日本でベストセラーとなった、エラ・F・サンダース『翻訳できない世界のことば』(創元社、2016年)が挙げられる。同書には、バナナを食べる時間を意味するマレー語として「ピザン・ザプラ」(Pisang Zapra)なる語が紹介されている。しかし、マレーシア系メディアの「マレー・メール」は、上記の言葉が不正確な出典に基づく間違いであることを指摘した。https://www.malaymail.com/news/opinion/2020/02/23/pisan-zapra-does-it-even-mean-anything/1839986