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20歳代が学問する絶好機

講義で学生に「今から10年間が懸命に勉強するときだぞ!」と言っている.実際,大学で研究をしてきた私にとって,その研究を支える基礎は,自分が大学院生や助手(現在の助教)の頃に勉強したことだ.それなしで今はない.(情けないことに大学4年間は勉強していなかった)

当時のことは,以下の記事にまとめてあるので,読んでみて欲しい.

高校生や大学生,そして大学院生にとって,なぜ,今からが懸命に勉強するのに絶好の時期なのか.私の経験上そうだというだけでは頼りない.サンプルが1個(N=1)では説得力がなさすぎる.そこで著名人の言葉を紹介しよう.

吉田松陰の言葉

吉田松陰の説明は不要だろう.彼が次の言葉を残している.

大凡十歳前後より四十歳比迄,三十余年中学問を勤む.而して其の最も自ら励むことは中十年にあるなり.

10歳から40歳までの30年間は学問に勤しむべきだ,特にその間の20歳から30歳までの10年間は懸命に励むべきだと,吉田松陰は述べている.20歳代,まさに多くの若者が大学や大学院で学ぶ時期である.

しかし,この吉田松陰の言葉は怪しい.というのも,吉田松陰は,1859年(安政6年)10月27日,30歳にして,小伝馬上町牢の刑場で処刑されたからだ.辞世の歌「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置まし大和魂」で始まる「留魂録」を書き上げた翌日のことだ.このため,吉田松陰にとって30歳代は未体験ゾーンとなる.

論語(孔子)の言葉

論語の中でも特に有名な章句のひとつが,これだろう.

子曰く,吾れ十有五にして学に志ざす.三十にして立つ.

孔子は,15歳で学問をしようと心に決め,30歳にして一人前になったと言ったそうだ.今で言えば,まさに高校,大学,大学院に通う年齢に高い志を持って勉強したことになる.20歳代に特に気合いを入れて学問に勤しめといった,吉田松陰の言葉にも符合する.

こちらはあまり知られていないかもしれないが,論語にはこうも記されている.

子曰く,年四十にして悪まるるは,其れ終らんのみ.

40歳にもなって人間ができておらず,人に後ろ指さされるようでは,もう終わってるな,と.なかなか厳しい.さらに,追い打ちをかけよう.

子曰く,後生畏るべし.焉ぞ来者の今に如かざるを知らんや.四十五十にして聞こゆること無くんば,斯れ亦畏るるに足らざるのみ.

「後生畏るべし」という言葉はよく知られていると思う.自分よりも若い者は,大いなる可能性を秘めており,今の自分たちに匹敵しないなどとは決して言えず,侮ってはならないということだ.

大学時代にろくに勉強しなかった中高年が若い大学生らを見下すのは,このことがわかっていない.勉強している今の学生の方が余程まともな大人になるだろう.

ただ,この章句には続きがある.そうは言うものの,40歳50歳にもなって,世間に知られることがないようであれば,その程度だったということで,もはや畏敬するに値しない,と.

未来ある若者には大いに勉強してもらいたい.人間としてのレベルアップも,知識のアップデートも,どちらも大切だ.

私も頑張らねば.

一教員として,大学生や大学院生に身に付けておいてもらいたいと思っていることをまとめた下の記事も参考にどうぞ.

© 2020 Manabu KANO.

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