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ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版

本書の初版が発行されたのは1972年.著者の服部正也氏は,海軍大尉として終戦を迎え,復員後に日本銀行に入行し,1965年に国際通貨基金IMFの要請でルワンダ共和国の中央銀行総裁となった.アフリカの中でも貧困が酷く,世界から見放されていたルワンダにおいて,ルワンダ人のためにとの一心から経済再建計画を立案し,わずか5年で経済を軌道に乗せた.「中央銀行という重要な国の機関は当然その国の人が総裁とならなければならない」との想いから,ルワンダの多くの人々に惜しまれつつも1971年に帰国.その6年間の記録が,本書「ルワンダ中央銀行総裁日記」である.

猛烈に面白かった.ちょうど私が生まれた時期の出来事になるが,当時,日本人がアフリカの小国で中央銀行総裁を務めていたとは.

ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版
服部正也,中央公論新社,2009

ルワンダ共和国は,アフリカにおいて特に小さく,人口密度の高い国である.旧宗主国はベルギーで,独立後もベルギーの支援なしにはどうしようもない状態だった.外貨獲得は主な農産物であるコーヒーに依存していたが,海から遙か離れた内陸国であるルワンダは,コーヒーの輸出に適していない.このため,ベルギーやアメリカなどの援助に依存し,破綻寸前の状態だった.

ルワンダ共和国
ルワンダ共和国

ルワンダ国内では,少数派であり支配階級でもあるツチ族と多数派のフツ族とが共存していたが,一部では民族間の対立があり,紛争が起こっていた.1990年にはウガンダからルワンダ愛国戦線がルワンダ北部に侵攻し,1994年には大統領暗殺をきっかけにルワンダ大虐殺が起こり,ルワンダ愛国戦線が全土を制圧して新政権を樹立した.恐らく,ルワンダを知っている人の日本人が持っているイメージは,この大虐殺だろう.

今のウクライナとロシアもそうだが,権力者が身勝手に始める戦争で被害を受けるのは国民である.

話を中央銀行に戻そう.

服部正也氏がルワンダに中央銀行総裁として赴いたときの状態が酷い.財政はボロボロ,外貨準備は底をつきかけ,政府内にも人材がいない.政治家は自分の議席と給料にしか興味はなく,つまらない議論に明け暮れている.職員もろくに仕事をしない.そもそも教育を受けた国内人材はほとんどおらず,何から何まで外国の顧問にお任せだが,顧問は無能か欲深いかのいずれかで,およそルワンダのためになっていない.為替は二種類あって,その差を利用して外国人が暴利をむさぼっている.商業も外国人に支配され,ルワンダ人は極貧の生活を余儀なくされている.そのような状況であっても,旧宗主国を初めとする先進国の白人は偉くて優秀で,黒人が物申すなどおこがましいという,強烈なコンプレックスに支配されている.と,まあ,こんな具合だったようだ.

さらに,中央銀行総裁だというのに家がない.家があっても家具がない.あてがわれたドライバーやコックは働かないし,釣銭を誤魔化す.

そのような状況にあっても,中央銀行総裁としての使命を果たそうと,ルワンダの現状を把握するために猛烈に資料を集めて勉強し,人と会って話をしていく中で,既得権益に守られているだけの無能な外国人グループがルワンダの国も人も理解せずに勝手なことを言っているが,適切な政策が実行されれば,そして中央銀行が適切に行動すれば,ルワンダは豊かになれるとの信念を持つ.

中央銀行総裁に就任して間もない服部氏と会談したカイバンダ大統領は,服部氏の考えを聞き,これに賛意を示し,経済再建計画の立案を任せた.しかも,誰にも相談することなく中央銀行総裁一人でやって欲しいという条件付きで.それほど人材がいなかったわけだ.

経済を再建するための奔走ぶりが凄い.中央銀行が,というか総裁がそんなことまでやるのかと驚愕させられた.最大の課題は通貨改革(切下げ)だが,これまでに国際通貨基金が介入した国の多くがうまくいっていないという事実を前にして,その問題を解決しなければルワンダの経済も再建できないとの考えから,徹底的に調べ上げている.その上で,コーヒーの価格をどうするかとか,農作業に必要な鍬が一種類しかなくていいわけがないので複数種類を入手できるようにしようとか,必要なサイズのトラックが国内で売られていないのはおかしいだろとか,住宅を増やさないと話にならないとか,外国人が優遇されすぎていてルワンダ人が重税に苦しんでいるとか,行政能力が途方もなく低い国において,数少ない人材の協力を得つつも,法律案を作るなども含めて,何でもやっている.

国際通貨基金,旧宗主国ベルギーの銀行や企業,欧州やアメリカ,そして日本銀行や日本企業も相手に,ルワンダの国益に叶うように,援助を取り付けたり,条件闘争をしたり,凄い駆け引きもしている.

中央銀行総裁としての服部氏は,ルワンダ人のためにできることは何でもやるのだが,それを支えたのは,ルワンダの人々は無能でも怠惰でもなく,一定の環境さえ整えば,農業でも商業でもしっかりやれるという,自身の経験を通じての確信だ.その環境を整えるために,中央銀行ができることは何でもやるということだ.

いや,凄い.こんな凄い日本人もいるのだなと感激した.

「ルワンダ中央銀行総裁日記」,とても面白かった.まだ読んでいない人にはお勧めしたい.

© 2022 Manabu KANO.

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