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本の紹介・読書の記録

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2020年5月の記事一覧

専門家の責任が問われている今「知識人とは何か」を考える

新型コロナウイルスが世界を脅かし,社会を根底から変えてしまいそうな状況の中,専門家の発言が大きな意味を持つと同時に,その発言が強く批判されることも多い.そんな今だからこそ,専門家の役割,知識人の役割について,考えてみることが重要だろう.そう思って,今回は,サイードの「知識人とは何か」を取り上げてみる. エドワード・W・サイード(Edward W. Said),「知識人とは何か」 本書「知識人とは何か」は,イギリスBBCラジオのリース講演の講演録である.かなり慎重に推敲され

孔子と弟子たちを身近に感じられる「論語物語」

下村湖人の「論語物語」は,論語の素晴らしい入門書だ.論語を読んだことがない人,読んだけれども挫折した人に特に勧めたい. 論語は,孔子の死後,孔子とその高弟の言行を弟子達が記録した書物であり,あまりにも有名だ.以下の記事「20歳代が学問する絶好機」でもいくつか引用したが,誰でも一度は口にしたことがある言葉も多い. 世に論語の解説書は多いが,それらは,元の漢文の日本語訳に注釈を加えたものであり,基本的に読むのに苦労させられる.論語を理性で理解させようとしている.ところが,下村

吉田松陰が熱い想いを書き留めた遺書「留魂録」

「留魂録」は,吉田松陰が松下村塾の門下生にあてて記した遺書である.両親をはじめ身内への個人的な遺書である「永訣書」とは別に,処刑直前に江戸の獄中で書かれた.書き終えたのは処刑前日の黄昏どき.このとき,松陰,三十歳. 昨日,以下の記事で吉田松陰の言葉を引用したので,今日は留魂録を,というより吉田松陰の生き様を紹介することにした. 吉田松陰,「留魂録」,講談社,2002 本書は,留魂録の全訳と解説,そして吉田松陰の史伝からなる.留魂録に託された松陰の熱い想いに,史伝にまとめ

教師の責務をマックス・ウェーバーが語った「職業としての学問」

1919年,マックス・ウェーバーの晩年の講演をまとめたものであるが,100年後の今なお色褪せていないと感じられる.ただ,正直なところ,読みにくい.文章の読解しにくさに面食らう.どうして,これほどまでに複雑に書くのかと.それでも,学問を職業とする人の心構えや学問の存在意義を明らかにしようとする本書は一読に値する. マックス・ウェーバー,「職業としての学問」,岩波書店,1980 生計を立てるための職業としての学問という観点からは,大学や研究所の人事制度について言及がある.第一

【読書】国家(下)(プラトン)

「国家」の後半では様々な国家制度と人間が吟味される.理想国家が堕落する過程で現れる民主制国家の欠点がズバリと指摘されており,興味深い.内容を見ていこう. 哲人統治(哲学者による統治)を実現するためには,何が必要であるか.まず,統治者に相応しい哲学者を育成しなければならない.そのために不可欠な教育とはどのようなものであるか.プラトンはソクラテスの口を借りて,次のように主張する. <善>の実相(イデア)こそは学ぶべき最大のものである あらゆるものに対して存在するイデアの中で

【読書】国家(上)(プラトン)

プラトンが著した数多くの対話編の中にあって,その最高峰とも評されるのが「国家」だ.本書では,人間の善し悪しのみならず,国家の在り方が論じられている.国家とはどのように在るべきかという問いに対して,プラトンはソクラテスの口を借りて「哲学者による統治が最善である」と答える.これが,哲人統治だ.しかし,この哲人統治思想は古代ギリシアにおける政治体制の現実とは大きく乖離しており,また現代に至るまでの世界史の中でもほとんど実現されたことはない.数少ない例の1つが,「自省録」で知られるマ

【読書】自省録(マルクス・アウレーリウス)

私の座右の書だ.第16代ローマ皇帝(161〜180年に在位)であるマルクス・アウレリウス・アントニヌス(Marcus Aurelius Antoninus)は,ローマ帝国の五賢帝の1人であり,ストア派哲学の徒としても知られる.その治世はプラトンが理想として掲げた「哲人君主」「哲人統治」の実例とされる.しかし,軍事よりも学問を好んだにもかかわらず,戦争からは逃れられず,結局は,遠征中に死亡した. マルクス・アウレーリウス,「自省録」,岩波書店,2007 2つの簡潔な言葉を引

【読書】思考の用語辞典

著者は本書を「哲学の歴史というゆたかなおもちゃ箱をまずは総ざらえして,ブリキの兵隊やくまのぬいぐるみを取りだすように,さまざまな概念を取り出してくる本」だと思って欲しいと書いている.「いろんな哲学者がああだこうだと考えぬいた概念をここでふたたび取りだして,あたらしい光をあててみよう」と. 中山元,「思考の用語辞典」,筑摩書房,2000 ここで「おもちゃ」とは哲学に登場する「概念」のことだ.カントは「哲学素」と呼んだらしい.哲学とは新しい概念を作る営みだと言ったのはドゥルー

正確に伝わる文章を書くために「理科系の作文技術」を修得する

以前書いた記事「大学や大学院で身に付けておきたい力」で,文章を上手に正しく書けるようになるために読むことをお勧めする書籍として,本書「理科系の作文技術」を挙げた.ここではその内容を紹介しよう. 「理科系の作文技術」は非常に有名な本で,評価も高い.ただ,2001年に改版されているものの,1981年に書かれただけのことはあって,内容がいかにも古いと感じる部分もある.例えば,下書きは鉛筆で,清書はペンかボールペンで,など.それでも,文章の書き方の原則がそう簡単に変わるはずはなく,