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【読書】思考の用語辞典

著者は本書を「哲学の歴史というゆたかなおもちゃ箱をまずは総ざらえして,ブリキの兵隊やくまのぬいぐるみを取りだすように,さまざまな概念を取り出してくる本」だと思って欲しいと書いている.「いろんな哲学者がああだこうだと考えぬいた概念をここでふたたび取りだして,あたらしい光をあててみよう」と.

中山元,「思考の用語辞典」,筑摩書房,2000

ここで「おもちゃ」とは哲学に登場する「概念」のことだ.カントは「哲学素」と呼んだらしい.哲学とは新しい概念を作る営みだと言ったのはドゥルーズだ.本書「思考の用語辞典」には100の概念が登場するが,いわゆる用語辞典のように「○○は□□です」という定義があるだけではない.それぞれの概念が,ギリシア時代から現代に至るまでの間に,誰によってどのように思考されてきたか,それらは互いにどのように関係しているのか,が述べられている.

誰かがある概念を作り出し,別の誰かがそれを批判し,あるいは継承し,その概念を発展させてきた.その営みを概観するのはとても知的に面白い.ただ,100の概念が五十音順に並んでいる「用語辞典」なので,必ずしも読みやすいわけではない.書かれている内容は難しいし,意味のわからない単語(概念)が容赦なく登場する.それでも面白い.

例えば,因果関係.これもアリストテレスから始まる.本当に知の化け物だ.アリストテレスは物事の原因を,質料因・目的因・作動因・形相因の4つに分類した.本当に分類魔だ.でも,この原因の4因子は現代の我々の感覚とは随分と異なる.それは我々が近代自然科学の世界観の中に生きているからだ.この自然科学寄りのアプローチで因果関係を考えたのがカントだ.カントは作動因について考えた.そして,カントはいう.自然法則は人間が自分の理解するものを世界に投影したものにすぎず,人間に理解できるのは現象としての自然だけで,人間は物自体や自然そのものを理解はできないと.このため,因果関係は人間の悟性のカテゴリーのひとつにすぎず,自然の中に客観的な因果関係が存在するかどうかは人知を越えた事柄にすぎないと.これに対して,ニーチェは「偶像の黄昏」で,因果関係は人間に固有の心理的な習慣に過ぎないと指摘し,さらにウィトゲンシュタインは「哲学探究」で,因果関係がわかれば物事を理解できたと考えるのはなぜか,それは人間の癖であり,心の怠惰がもたらしているのではないかと指摘した.我々は物事を理解するのに因果関係を想定して因果関係を明らかにするのが当然だと思っているが,「いろんな哲学者がああだこうだと考えぬい」ていたわけだ.その経緯を知るのは楽しい.

本書「思考の用語辞典」に登場する100の概念を列挙しておく.

遊び / 熱いと冷たい / アナロジー / アレゴリー / アンビヴァレンス / 異化 / 意識 / イデア / イデオロギー / 因果関係 / 隠喩 / 演繹と帰納 / エントロピー / 外延と内包 / 概念 / 外部 / 鏡 / 過剰 / カタルシス / 価値 / 貨幣 / 神 / 還元 / 観念 / 換喩 / 機械 / 規範 / 気分 / 狂気 / 共生 / 共同体 / 空間 / 群集 / 経験 / 系譜学 / 啓蒙 / 契約 / 言語 / 現象 / 権力 / 光学 / 交換 / 考古学 / 構造 / 幸福 / 音/音素 / 差異 / 時間 / システム / 主語と述語 / 消費 / 女性性 / 審級 / 身体 / 真理 / 正義 / 生産 / 制度 / 世界 / 責任 / 戦争 / 贈与 / 疎外と物象化 / 存在 / 他者 / 力 / 地平 / 超越 / 超越論的 / ディスクール / テクノロジー / 道具 / 独我論 / ノマド / 場 / 排除 / パラダイム / 表層 / 風土 / 分節 / 文法 / ペルソナ/仮面 / 弁証法 / 方法 / 暴力 / 本質 / 翻訳 / まなざし / 無意識 / 命令 / 物語 / 野生 / 夢 / 欲望 / ラング / 理性 / レトリック / 論理

最後に細かいことだが,平仮名が多すぎて読みにくくなっていると思う.微妙な口語もリズムを悪くしている面があるように思う.ただ,これだけの内容を一冊にまとめ上げているのは凄い.

中山元,「思考の用語辞典」,筑摩書房,2000

© 2020 Manabu KANO.

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