【怪異譚】既視感
東京都に在住の福田さんから聞いた話である。
小学5年生の時、福田さんは、今から考えると笑い話でしかないが、当時は非常に戸惑うような不思議な体験をした。
新学期になり初めての教室に入った時から、福田さんは非常に違和感を感じていた。
これから何が、起こるか分かるのだ。
というと予言めいたものを感じ取れるのだが、そうではない。
福田さんが言うには、全てのものに「既視感」があったという。
クラス替え、自分の席の位置、同級生との会話、それらはかつて自分が経験したことであるという実感があった。
その後、運動会の徒競走で自分の前を走っていたものが転んで、自分が一着になったこと。
音楽の授業の最中に自分が叩いていた太鼓のバチが何故か折れた、ということなど細部に覚えていたような気がしたという。
ただ、予言ではなく、既視感があるだけなので、それを変えることは出来なかったという。
たとえばテストの問題で、どのような問題が出たか覚えていたので、そこを忘れないように勉強していったら、テストの時間になると忘れて、答えが出てこない。
結局、自分の記憶通りの答案用紙となったのだった。
もっとも、それが顕著だったのは夏休みの時だった。
福田さんには、その時に夏休みの最後に、課題がまるで出来ておらずに、親に怒られながら課題を夜中まで行うだろうというのが分かっていた。
それを怖れて、夏休みの前半で課題を終わらせようと、初日に必死に頑張った。
課題を目にすると、何故か課題の問題集の文字が虫のように動き出すという幻覚と戦いながら、2割ほど課題が終わった時、福田さんは突然に意識を失った。
気づくと夏休みの最終日だった。
課題はもちろん終わっていなかった。
ただ、自分が気を失っていたと思っていた間、自分の意識とは別の所で、自分が夏休みを漫喫していたことだけは分かった。
こんがりと日焼けするほど、毎日プールに行き、仲間たちと虫取りに行ったりしていた。
お盆には、父の実家の大阪へ行き、従兄と遊園地に遊びに行った。
そんな記憶があるのだが、実感はない。
全て、自分が気を失っていた間の出来事だ。
ただ自分の事実としてあるのは、目の前にある夏休みの課題だけだ。
その後も既視感は小学5年生の間、ずっと続いていたが、夏休みのこともあり、それをどうこうしようという気はすでに無くなっていた。
既視感が終わったのも、気づいていたら6年生の時には無くなっていたというから、1年間限定のものだったろうか。
あれ以来、そのような経験をすることは無いが、自分の知っているけど知らない小学5年生の夏休みについては、夏が来るたびに思い出すと福田さんは、そう言った。
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