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【怪異譚】バスストップ

 先日、とある飲み会に行った帰りのこと、終バスに乗って帰ろうと、バス停でバスを待っていますと、同じように待っている人の中に見たことがあるような顔の人がいたんですよ

 いや、女性だったんですけどね。なんか幸薄そうな感じ、まぁハッキリ言うと、私と同じくらいさえない感じの女性。
 どこかで見たような顔だなぁと少し悩んで、記憶の糸をたぐったところ、ああそう言えば、中学3年の時、同じクラスだった、えっと確か名前は、本間さんだったっけかなぁ、という感じで思い出しました。
 まぁ、こんなところで会ったのも何かの縁かなと思って、その女性に声をかけたんです。 
 
 「本間さん?」
 
 名前を呼ばれると驚いたように彼女はこちらを見ます。 
 
 「えっと覚えていますか?中学校の時、同じクラスだったんですけど」
 
 私が、そういうと彼女は、ちょっと間をおいてから、ボソと「覚えています」とだけ答えました。
 
 「ああ、覚えていましたか、お久しぶりです。えっと中学校卒業して以来だから、もう15年ぶりくらいになるんですかねぇ」
 私が、そう言葉を続けると、彼女はすごく困惑したような、あるいは迷惑そうな顔をしながら、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「そうですね」と呟きました。
 
 酒の酔いも手伝って、そしてそれほど親しくなかったとはいえ、久しぶりに同級生と会えたということもあり、彼女の迷惑そうな顔を無視して、私は一方的に話かけました。とは言え、相手が女性だから、あわよくば口説こうとか、そう思ったわけではないですよ。残念ながら、彼女は僕の好みではなかったので。まぁ、バス待ちの暇つぶしというやつですかね。
 
 喋りまくる私に対して、彼女は迷惑そうな顔のまま「ふぅん」とか「はぁ」とか、そんな気の抜けたような、か細い声で答えるだけでした。まぁ、酔っぱらっていた私にしてみれば、別にそんな返事でも、リアクションしてもらえれば。十分というやつでした。
 
 で、そうやって彼女相手に5,6分くらい喋っていたところで、待っていたバスが来まして、相変わらず迷惑そうな顔をする彼女に話し続けながら、バスに乗ろうと乗車階段に足をかけたその時!
  
  いきなり、彼女が私を突き飛ばしまして・・・
 
  私が最後の乗客だったということもあり、バスの運転手はそれに気づかなかったのか、かまわず発車しました。停留所には、何が起こったのか分からず、茫然と地面に腰を降ろしたまま、バスの行方を見送っている私だけが残されていました。
 とは言え、いつまでもそうしていられないので、すぐに立ち上がりましたけど。「何だ?あの女、狂っているのじゃないのか!」と悪態をつきながら。いや、だって突き飛ばされた理由なんて考えるだけ無駄ですから。狂っていたということにした方が楽ですよ
 
 まぁ、仕方なくタクシーで帰宅した次第です。
 そうしたらですね、帰っている途中に、何か消防車とか救急車とかがサイレンを鳴らしながら、一斉にタクシーを追い越して行くんですよ。何か、事故でもあったのかなぁと思っていると、タクシーに無線が入りまして、どうやらどこかのビルで火災があり、そのビルが道路に近かったため、何台かの車が火災に巻き込まれた様子であたりが大パニックになっているようでして。

 ・・・ビル火災?私は、その言葉に何か引っかかるものがありました。そして、同時に胸騒ぎのような感じが。あれ、ビル火災?あ、そう言えば・・・!!
 
 その事実に気づいたとき、全身の毛が逆立つのが自分でも分かりました。そして、何を考えていいのか、分からないほど、思い切り困惑してしまいました。私の頭の中には、10年くらい前の新聞の記事が映し出されていました。
 
  「雑居ビルで火災、4名死亡。」
  
 当時、その記事を見て、被害者の中に、僕の同級生がいて、驚いたことを覚えています。たしか、同級生の名は本間さん・・・さっきまで、会っていた彼女も本間さん・・・
 10年前から彼女は、この世にはいないはずなのに・・・
 
 その事実に気づいた後のことはよく覚えていません。たぶん、渋滞を回避して、事故現場を通らずに、回り道をしたと思うのですが。気づいたら、家のベッドの中でした。ただ、身体を脱力感が覆い、意識を失うように眠ってしまいました。 
 
 明くる朝、新聞を読むと、社会面に大きくビル火災のことが書かれていました。何でも、調理用のガスボンベが爆発したのが原因だとか。そして、その火災には路線バスの他、何台かの車も巻き込まれ、多くの死傷者が出たということが。
 被害にあった路線バスは、間違いなく私が乗ろうとしていたものであり、あの時、突き飛ばされていなかったら、私はそのバスに乗っていたに違いありません。
 あれが、本当に私の知っている同級生の、そして10年前にビル火災に巻き込まれて死んだはずの本間さんかどうかは、今となっては分かりません。また、彼女が、この事故が起きることを知っていて、私を助けようとして、バスに乗せないように突き飛ばしたのか、どうかということも分かるはずがありません。
 
 ただ一つ言えるのは、新聞の死傷者、被害者のところに「本間」という名前はもちろん無かったということ、そして私が本来巻き込まれるはずの事故から結果的に助かったということだけです。
 
 ・・・新聞の記事を読みながら、改めて、私は昨日バス停で出逢ったはずの彼女を思い出しました。
 
 一つの言葉が頭に浮かびました。
 私は、その言葉を口に出してみました。 

 「ブスバスガス爆発」

 ・・・舌を噛みました。

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