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【怪異譚】谷川岳にて

  高校時代、山岳部に入っていたのだが、その時の話。

  高校2年の谷川岳登山の時の話だ。
 ご存じの方もおられるかもしれないが、谷川岳は日本のみならず、世界で最も死亡事故の多い山である。
 原因は、手頃な高さ(1600m位)で、しかも中級者向けの岩山で、その岩が滑りやすいということだったと思ったが、昔聞いた話なのであまり確かではない。とにかく死亡遭難事故の多い山であるのは確からしく、至る所に慰霊碑が立っている。
 しかも、近くで清水トンネルだかの長いトンネルがあって、それにも死亡事故がともなったので、それの慰霊碑も立っていて怖さは倍増、かなり気味の悪い山であることは確かだ。

 季節は梅雨の時期だった。
 その日は晴天で、Tシャツ1枚でも暑いくらいであった。私たちは、全く困難なく、いいペースで頂上までたどり着いた。
 予定よりも少し、早く着いたくらい。ヒナウスユキソウ(エーデルワイス)やら、シラネアオイやらも見ることが出来て高山植物好きの私はすごく喜んだのを覚えている。

 下山になり、来た道を帰ればよいのだろうが、それは高校の山岳部!
 挑戦心もあり谷川岳、山越えというルートをとることにした。
 これもご存じの方がいるかもしれないが、谷川岳にはロープウェイがあり、登山口からのコースの逆はそのロープウェーの人たちの道になっていて、かなり整備されている。

 その道を通ったので、下山もかなりいいペースで進んだが、問題はそのロープウェー乗り場に着いたとき。
私たちにしてみれば、疲れていたのでロープウェーに乗って帰れると思ったのだが、顧問の先生がロープウェーのお金が高いという理由で(当時800円)、普通の登山道を使って下山することになった。

 ところが、その登山道。ロープウェーが出来てからは利用する人は皆無に近かったのだろう。
 山は藪に包まれ、登山道というよりは獣道という感じ。
 それでも道無き道を、藪をかき分けつつしばらく進んだあたりでちょっと開けた所に出た。かなりハードな道のりだったので、皆疲れていてそこで休憩ということになった。

 私は座るのに手頃な石の上に腰掛けて、ちょっとしたおやつを食べながら休んでいたのだが、何故か、少し寒くなってきた。
 森の中なので確かに、日陰ではあるが、木漏れ日も差しているし、そんなに風が冷たいわけでもないので寒くなるわけはない。
 だが、寒気がする。確かに汗はかいていたが、身体が冷えるほどではない。風の涼しさは確かに感じているが、それが原因ではない。
 それが証拠に汗ばんだ額に風が当たってる分には涼しくて気持ちがいいのが分かるのだ。

 そうではなくて寒い。肩から下の上半身、とくにへその辺りを中心に寒さが広がっている。
 不思議に思って、隣にいた後輩に”寒いかな”と尋ねると”別にそんなことは無い、むしろ暑いくらいです”と言う。確かに私も額が汗ばんでいる。
 しかし寒いことだけは確かであった。

 身体でも壊したかな?と思っていると、変な声が聞こえてくる。
 呪文のような、うめき声のような得体の知れない低い声が!
 耳の後ろ辺りで小さく鳴っていたので、少し躊躇しつつふりむくと、一瞬そこに、私たちと同じように登山服を着ている人が歩いている姿が見えた。

”私たちの他には誰も通らないような道なのに!”

 私は、驚いて思わず”うわぁ!”と、叫び声を挙げながら立ち上がってしまった。
 その瞬間に身体の寒さも、聞こえていたうなり声も、全部消えてしまった。不思議そうな目で見つめる周りの人たち。
 私は起きたことの一部始終を話したが、もちろん誰も信じてくれなかった。

 その後、特に問題もなく無事下山できたので、特に悪いコトとかではなかったのだろう。そのせいか高校を卒業する頃にはすっかり忘れていた。

 ところが大学2年の時、ある本を読んでいて、また思い出してしまった。
 本の題名を忘れてしまったが、松谷みよ子さんか水木しげる先生の作品だったと思う。
 ちょっとした小文なのだが、”死者の通る道は暗く冷たい”という文章で、私が経験したことにそっくりなことが書かれていた。

 いわく、死者が霊界に行くとき山道を使い、その死者の通る道にたまたま行き当たったのものは寒気や、悪寒や、吐き気を感じるという内容であった。
 今、考えてみると、私の座った石が、死者の通路にたまたま当たっていたのだろう。寒気はそのせいだったのではないだろうか。そして登山服を着た人は、多分、霊界に運ばれる途中だったのだろう。

 そう言えば、私たちが登山した5日後位に、”谷川岳でまた遭難。死者の遺体見つかる”のような記事が地元の新聞に出て、ちょうど私たちが登山していた頃が死亡した日らしかったので”オレたちは遭難しなくてよかったな”などと仲間と言いあった覚えがある。
 今思うと、その死体の主が、私が見たあの登山服の男だったのかもしれない。

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