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【怪異譚】葬式に現れる男

 私の親戚から聞いた話である。

 非常にデリケートな話になってくるので、地名などもすべて変えて語らせていただく。

 今から50~60年前、1960年代から1970年代にかけて、親戚の者が住んでいる地域一帯(墨田区、台東区、文京区のあたり一帯)、誰かの葬式があると、かならず現れる男性がいたという。

 浅草あたりに住んでいたので、”浅草のゆーちゃん”と呼ばれていた。

 少々、知的障害がある人だったが、特に悪いことをするわけでなく、いつもニコニコしながら、散歩していた。
 あまりに周囲にその存在が知られており、駄菓子屋でお菓子を買ったりしても、実家へのツケというのが暗黙のルールとなっており、その場で金銭を支払いすることは無かったと言う。

 葬式会場に現れるのは、葬式饅頭が好きだったからと言われているが、よくは分からない。
 ただ、皆、ゆーちゃんに関しては、”そういう存在”として扱っており、子供たちにも”ゆーちゃんにイジワルやイタズラをするんじゃないよ”と教えられていたので、仲良くやっていた。

 そんな折、本所のあたりであった葬式で、ちょっとしたイザコザがあった。
 その葬式は、ある政治家のもので、地元のものだけでなく、多くの人たちが参列していた。
 普通ならば、大きな葬儀場で行うものだが、その政治家は地域密着をうたっていたので、あえて自分の地元で行ったのだ。

 当然、”浅草のゆーちゃん”を知らない人も多い。
 見るからに怪しい男が、偉い人の葬式の場でウロウロしている。
 それも、葬式の場だと言うのに笑顔だ。
 何者か知らないが、不謹慎すぎる。

 ”ゆーちゃん”のことを知らない、中央の偉いさんが、ゆーちゃんを会場から追い出そうとするが、まだ葬式饅頭をもらってない、ゆーちゃんは、笑顔で必死に抵抗する。

 仕方がないと、体格のよい者が、後ろから羽交い絞めにして、ゆーちゃんをつまみ出そうとすると、ゆーちゃんが突然、大声で笑い始めた。

 いや、笑い声か分からないが、「オホホホホ~」と声をあげた。
 すると、羽交い絞めにしていた男性は、ゆーちゃんから手をはなし、同じように「オホホホホ~」と笑い始めた。

 周りの皆が、何があったのか理解できずに、時が止まったかのように、静寂が訪れた。
 ただ聞こえるのは、ゆーちゃんを羽交い絞めにした男性の「オホホホホ~」という笑い声のみ。

 その中を、ゆーちゃんは笑顔で、葬式饅頭を手に入れ、会場を後にしたのだった。

 その後、笑い声をあげていた男性は、狂死しただの、病院にまだ入院しているだのと噂には聞くが、どうなっているかは分からない。

 ”ゆーちゃん”は、その後もたびたび葬式会場に現れたというが、オイルショックの頃に、交通事故で亡くなったという。

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