【怪異譚】片足
「自分の常識をはるかに超えた不思議なことってよくあったよ」
そう、語ったのは、かなり以前に警察官を定年退職となった駒止さん(仮名)だった。
まだ昭和だった時代の頃、だ。
最初は行方不明事件だった。ホステスの欠勤が続いて、電話も通じない。まだ携帯電話すら無かった時代の話だから、とりあえず住んでいたアパートに行く。
不用心にカギは開いていたが、人の気配は無い。
家財道具などはまだあったから、生活感はあったが、本人不在じゃどうしようもない。
ただ。奇妙な点があった。
そのアパートの玄関の外に3つ足跡らしきものがあったのだけど、それがすべて右足の足跡だったんだな。ただ、それが誰の足跡かは分からない。
その後も半年くらいは情報は集めていたが、とうとう事件性無しということで、捜査終了。
ただ、事件から少し経った後、奇妙な噂があった。
特に雨上がりの日など、ホステスのアパートの辺りに濡れた足跡のようなシミが見えるのだが、それがどう見ても片足の足跡だということだった。
とは、言えそれが何かは分からなかったのだが。
その1年後のことだ。そのアパートから、一駅ほど離れたところに住む若い男性の首吊り自殺があった。
遺書らしきものは無かったが、行方不明になったホステスの写真が周りに散乱していた。
その後、詳しい捜査で、首吊りした男性の日記的なメモが見つかり、事件の真相が明らかになる。
自殺した男は、このホステスを街で見かけて一目ぼれしたらしい。
かと言って声もかけられず、ただ後をついていくだけだった。
そして、この女性がホステスをしていることを知り、「夜の女だったんだ。不純だ。オレをだました」と勝手に、激情して、このホステスを殺してしまった。
今でいうところのストーカー殺人だな。
殺した後、男は急に怖くなった。見つかったらどうしようではない。女が追いかけてきたらどうしよう、と思ったのだ。
この頃には、もう男の頭は完全にいかれていたんだろう。
「そうだ、片足だったら追いかけてこないだろうと」左足の膝から下を切断した。
そして、裸にした女の死体を、川に捨てたと言う。
切断された足は、なぜか持ち帰って、冷凍庫に保存していたという話だ。
冷凍庫には確かに足はあったが、なぜか、足首から下しか無かった。
DNA鑑定も無かった時代、それがホステスの足かどうかも分からない。
川に捨てたというホステスの死体も結局見つからず、日記とホステスの写真と冷凍された足で状況的にそうだろうということで、事件はウヤムヤなまま終わり。
ただね、まだあるらしいんだよね。ホステスのアパートの片足の足跡。
案外と、ホステスは切断された自分の足をまだ探しているのかと思うと、怖いというより、気が重くなるよ。
そう言うと駒止さんは、フッとため息をついた。
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