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【怪異譚】コンピュータウィルス

 今でこそ、ある程度の知識があるので、スパムメールやウィルスにも慌てずに対処できるが、パソコンを始めたばかりの時(インターネット黎明期の1990年代)は、かなり怖かった。そんな知識は全く無かったので。
 恥ずかしい話だが、ウィルスの意味もよく分からなかったので、使っていたパソコンの調子が悪くなっただけで、ウィルスではないかと疑ったものだ。まだインターネットに接続していないにもかかわらず。

 その後、初めて自分のホームページを持つようになり、そのホームページが、軌道に乗った頃、だいたい1万アクセスを超えた頃の話だったか。
 やけに添付ファイル付きのメールが来るようになった。つまりはウィルス(ワーム)メールだ。
 その頃は、既にそこそこの知識はあったが、中にはホームページの感想メールとかにイラストを付けてくる人などがいたので、うっかりと開いてしまったことがある。
 画面には赤ん坊の顔の画像がいくつも出ていた。うわ、何だコレ気持ち悪いとか思っているうちに感染してしまったようだ。

 かなりタチが悪いヤツで、自分のパソコン内のデータを勝手にいじくって、メチャクチャにされてしまった。
 私のホームページは、当時にしては、かなり凝っていたポップなデザインだったのだが、ホームページの内容まで変えて、いきなり壁紙が、ドクロになっていたり、品の良い外国の風景写真にしていたトップ画が、いつのまにか鳥居の画像に変わっていたり、時にはBGMで赤ん坊の泣き声が入ったりという感じで。

 もちろん私のパソコン自身のデスクトップの壁紙とかも変えられて、不気味な青ざめた男の顔に変わっていたり、勝手にテキストファイルが作られていて、開いてみたら”呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死呪死”という語がエンドレスで続いていたりした。

 困り果て、友人で私の何倍もパソコンに詳しい藤村君に相談してみた。

 ”そんなウィルスは聞いたことないけど、とりあえずこれを使ってみてダメだったら、また相談して”と言われて、ウィルス駆除ソフトを貸してもらったが、全くの効果無し。
 結果は”ウィルスを検知しません”と画面に出ているのだが、そうしている間にも、怪しげなファイルが、いくつも作り続けられていた。

 あらためて藤村君に相談したら、”そんな異常なウィルスは君の手に負えないと思うから、俺が処理してやるよ”と爽やかな笑顔で言われ、そんな藤村君の優しさに甘えた次第であった。

 最初は、”まぁ、簡単に復帰するよ”と言っていた藤村君だったが、パソコンをいじりつつ30分もし出すと”あれ、おかしいなぁ”とか言い出した。
 私が”どうした?”と聞くと「いや、大丈夫、大丈夫」としか言わない。まぁ、私に言っても、多分分からないだろうから理由を言わないんだろうな、などと思い、安心しきって藤村君に任せていた。

 1時間くらい経った頃から、どうも藤村君の様子がおかしくなった。
 ブツブツとうわごとを繰り返し始め、見ると顔面蒼白。
なのに額から汗をダラダラとかいていた。
 心配して、私が「藤村君、どうしたの、具合悪そうだけど?」と聞くと、彼は引きつった笑顔で「大丈夫、大丈夫」と言いながら、一心不乱にキーボードを叩いている。
 ふとディスプレイを見ると、メモ帳が開かれていた。
 そこには”次はお前だ!次はお前だ!次はお前だ!次はお前だ!次はお前だ!次はお前だ!”と書かれていた。藤村君が、そう打ち込んでいたわけだ。

 もう、それを見たら私も怖くなり、藤村君の肩を揺すりつつ、”大丈夫か!”と大声で聞いたら、藤村君は突然立ち上がって焦点の定まらない目で私の方を見て”グワワオーン”と奇声を大きく一声放ったかと思うと、ダッシュで私の部屋を飛び出した。
 慌てて藤村君を追ったが、すごいスピードで駆け出したので追いつくことはできなかった。

 その後の話だが、藤村君は2日間ほど行方不明の状態が続き、家に頭はボサボサ、服はボロボロの格好で帰ってきたと思うと、部屋に鍵をかけて、引きこもって全く部屋の外に出ない状態になった。
 家族が部屋のドアを無理やりに開けようとすると、藤村君は、もう暴れて手のつけられない状態になったそうだ。

 私も藤村君のことが心配であったし、それに私の目の前で急におかしくなったものだから、それも気がかりであった。
 そのことを正直に藤村君の家族に伝えた。
「どうも私のパソコンをいじってから藤村君はおかしくなった」と。

 藤村君の家族も、まさか、そんな話がと思いつつ、藁にもすがる思いで、霊能力者というか、お祓いする人を呼んだ。

 霊能力者は、家に入って藤村君を見るなり”この男には悪質な水子の霊が付いている”と言い出した。
 私はそれを聞いて妙な話だ、と思った。
 と言うのも、私の知っている限りでは、当時の藤村君は、彼女いない歴25年で浮いた噂一つなく、とても水子なんてつくわけがないのだ。
 ところが、水子払いのお祓いをしたところ、藤村君は全く元の状態に戻った。

  藤村君の話では、私の家のパソコンをいじっていたら、何か変な感じで意識が飛んでしまって、その後のことは全く覚えていないという話であった。
 目を覚ましたら、自分の部屋に霊能力者と両親と私がいたという感じで。念のために、本人に聞いたところ、やっぱり藤村君は彼女いない歴25年で水子の話なんて全く心当たりがないという話であった。

 霊能力者の言うことと、藤村君の言うことを、どちらも本当だと信じて、考え合わせてみると、どうも私のパソコンに送られてきたのは、ウィルスではなく水子霊らしいという結論になる。
 まさか、そんなことがと思いつつ、でもそれしか考えられないよなぁと、正常に戻った藤村君と、半分、笑い話にしながらもそういう結論に落ち着いた次第だ。

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