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愛されるクルマ、愛するカーライフ

 先日、愛車のメンテナンスで自動車整備工場へ行く用事がありました。

 作業が完了したと連絡を受けて、愛車を受け取りに行った際に、ホンダのS2000という車が隣に停まっていました。

 この車は、競技用と言っても過言では無い程の高出力且つ高レスポンスな特性、それでいて排ガスは少ないという緻密なエンジンを積んだ、ホンダのオープンスポーツカーです。前後にエアロパーツが付いていたので、AP2の後期型と呼ばれるモデルです。ホイールも変更しておらず、車高もそのままで、カタログからそのまま飛び出して来たような、汚れや傷が一つもない美しいパールホワイトのS2000でした。

 美しい車に感心しながら、整備工場内に入り、広いとは言えないロビーの応接セットに座ります。閉店時間間際だったので、店内には私と、向かいの席にはシニア層に見える夫婦が整備工場のスタッフから接客対応を受けている様子でした。

 整備内容の説明を受けて、支払いを済ませて私の車のカギを受け取ります。向かいの席の夫婦は少し先に説明を終わらせて、ロビーから出て行きました。私の愛車の隣に停まっていた美しいパールホワイトのS2000のオーナーは先程向かいの席に居た夫婦だったのです。

 S2000のオーナーの奥様と思しき方は杖をついて歩いており、車の辺りまで行くと旦那様が助手席にドアを開けて乗車をエスコートしています。一連の所作がスムーズで、S2000の美しさと相まって思わず見惚れてしまいます。

 整備工場のロビーを出て、出入り口のドアの前で担当者の方と少し雑談をする私の前を先ほどのS2000が走って行きます。

 目の前を静かにS2000が走り去り、整備工場の前を左へ曲がり国道へと出て行きます。不必要にエンジンの回転数を上げたり急加速する事も無く、静かに見えなくなって行きました。

 旦那様が助手席のドアを開けて、奥様の乗り降りをエスコートする所作から静かに退店していく全ての動作、雰囲気があまりに優雅で、私にはS2000というクルマには見えませんでした。ジャガーのEタイプだとか、レクサスのSC430だとか、そういう“スポーツしていない”優雅なオープンカーに見えたのです。

 自分の愛車に乗り込み、自動車整備工場を後にします。運転中も先ほどの、まるで欧州の高級オープンカーのような雰囲気を持つS2000に思いを馳せてしまいます。

 そもそも、このS2000というクルマは、高回転型のハイパワーエンジンをガンガンに唸らせて、前後重量配分を50:50に近づけたとされるシャシー性能をフルに活かして、サーキットや峠を攻め立てる姿が目に浮びますし、実際にそういう使われ方を視野に入れて開発された車種です。

 しかし、この日見たS2000の姿は、本来の開発背景やキャラクターを考えると対極に近いようなイメージです。マフラーを変えたり、ホイールを交換したりもしておらず、静かに去っていった所を見れば、峠道やサーキットを目を三角にして攻め立てるような使い方もされていないと想像出来ます。キズ一つ無い美しいボディー状態からは、毎日動く事も無いのかなとも考えます。きっとガレージから静かに庭の草木を眺めて、次に公道に出るその時をジッと待っているような、そんな“S2000像”を思い浮かべてしまうのです。

 この日みたS2000は幸せなS2000なのでしょうか。

 果てしなく余計なお世話ですが、私はそんな事を考え始めてしまったのです。


 “カーライフ”という単語があります。

 一般的には“自動車のある生活”を意味する言葉です。自分の日々の生活や趣味にクルマという存在を組み込むようなイメージの単語だと私は思います。

 では、自動車から見たカーライフを考えてみましょう。

 そもそも自動車という無機物に“ライフ”なんて概念は無いだろうと言うのが正論だとは思いますが、私のような車好きはやはり愛車にそういう概念を超えた、魂が宿った存在と考えてしまいがちな生き物なのです。

 実際スーパーの駐車場なんかで、同じ車種の同じ色が隣並んで停まっている時がありますが、なんとなく“表情”が違う気がします。隣あった同じ車種の、扱われ方の違いによるものが、微妙な差異を生み出すとは想像出来ますが、そういった場面に遭遇すると“自動車の魂”だとか“カーライフ”という概念を考えてしまいがちです。

 私がこの日見たS2000は出立ちも、走る姿も美しいS2000でした。

 元々この車種が持っていたスポーツや走りのイメージとは対極的でしたが、あの夫婦から愛情を注がれて維持されて来たような印象を受けます。

 自動車から見た幸せなカーライフというのは、設計や開発背景に沿った扱われ方をされるだけでは形成されないと今回出来事で思いました。クルマそのものがオーナーや家族から愛情を受けて、そして必要とされた時に寄り添える存在になり得るというのが、お互いにとって幸せなカーライフだと感じさせられました。その為には日頃のケアやメンテナンスは勿論、急な加減速をしない等と言った走らせ方が大切と言えます。

 愛車に愛着を持って接する事でクルマもオーナーに応えてくれると私は感じます。

 きっとこの日見たS2000は、この先もハイパワーエンジンを唸らせて、サーキットや峠をガンガンに攻め立てる事は無いのでしょう。あの夫婦と同年代の方が乗られているような、ありふれたクルマのありふれた使い方をされ続ける事と想像します。

 まるでハリウッド映画に出て来るような“名家のメイドとして仕える凄腕退役軍人”みたいな話です。

 それでもこのS2000は、どの同車種よりも愛情を注がれて、美しく走り続ける事と思います。今日もどこかのガレージの中で、再び夫婦の役に立てる時をジッと待っている事でしょう。そして、再びガレージから出るその時は、どんな道路でもどんな天気でも、どこへ行ってもあの美しいパールホワイトのボディーカラーを輝かせる事でしょう。

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