見出し画像

千人伝(百八十一人目~百八十五人目)

百八十一人目 半熟

はんじゅく、の身体は半分がまだ出来上がっていない状態で生まれた。それは右半分だったり下半分だったりと、定型を持たなかった。熟していない部分は輪郭が曖昧になり、どろどろに溶けた鍋の中身のようになり、触れると高い熱を持っていた。

バイトの面接には落ちた。就職にも失敗した。顔が不定形になると、同じ顔には戻れなかった。誰かと手を繋いでいる最中にその手がぐずぐずに崩れだすと、相手は悲鳴を上げて逃げていった。歩いている最中に下半身が上半身を支えられなくなると長くその場に留まり、バイトの面接に遅れた。

半熟はハードボイルドな恋人を手に入れ、お互いの埋め合わせをしながら過ごした。二人で一人になることもしばしばあった。家が燃えた際に融合したまま逃げ出した彼らは、その後一人として過ごした。

百八十二人目 頭痛

ずつうはいつも頭を痛めていた。朝起きると歯を磨く前に頭痛薬を飲み干した。二度寝したところで頭痛が治まるわけではなかった。よく食べよく眠り友と語らいよく遊びしたところで、頭がまた痛くなるのだった。

低気圧がでしゃばってくる日にも、高気圧がのさばっている日にも、悩み事がある時にも、何もかもうまくいっている時にも、頭痛はいつも頭痛に悩まされていた。何度も医者に行ったが原因は分からなかった。頭痛薬を飲んでも一時間も経たないうちにまた頭痛に襲われた。

痛みが激しくなるにつれ薬の量も増えたが、薬に耐性がついたために、痛みの和らいでいる時間はどんどん短くなっていった。致死量の頭痛薬を飲んでもたかだか数分痛みが治まるだけであった。ついには身体の体積を上回る量の薬を飲んでも頭痛が続くようになった。もちろんとっくに彼は死んでいたのだが、死後も頭痛は終わることなく続いた。

百八十三人目 カブカ

カブカはある朝起きると株主になっていた。持っていた株が値上がりしたので売ることにした。カブカは株主ではなくなったが、翌朝起きるとまた株主になっていた。持っていた株が値下がりしたので、今度は売らずに持っておいた。

カブカの株はなかなか値上がりすることはなかった。原点と少し値下がりとを行ったり来たりした。原点以上になれば売ろうとカブカは思うのだが、その寸前でいつも落ちた。

カブカはある朝株主になるまでは株のことなど考えたこともなかったのに、日中も寝ている最中も株の値動きのことで頭がいっぱいになってしまった。だいぶ値が下がっていたが、ついにカブカは株を手放した。そうして頭がすっきりするはずだった。

翌朝カブカは、株を売った金で、少し安い別の株を買ってしまった。金が尽きるまでカブカは同じことを繰り返し、生活費が全てなくなると、命も亡くした。

百八十四人目 落下傘

らっかさん、は人の降る街で生まれた。ビルから落ちて死ぬ人が多い街だった。次いで多い死因は、落ちてきた人に巻き込まれて、という街だった。予想できない頭上からの死因を避けるために、鉄製の傘が売り出された。重過ぎて、持ち歩くだけで死ぬ人もいた。実際に人が落ちれば、人と人の直撃は防げても、鉄の傘の重みで結局は死んでしまうのだった。

落下傘は鉄製の傘の下で生まれた。母は彼女を産み落とすと亡くなり、父は元々いなかった。上から降る人はいつも彼女を避けるように落ちた。彼女と共に歩いていれば、上から降る人に当たることはない、と街のお守りのような存在となっていった。人の降る原因を取り除かねばならない、と行政は街を閉鎖することにした。人の消えた街に落下傘は一人取り残された。誰も降ってこない街で、取り壊すことを忘れられた唯一のビルに登り、落下傘は地上に飛び降りた。落下傘はふわりと飛び上がり、地面に辿り着くことはなかった。

百八十五人目 腕折れ

うでおれ、は絵描きであった。金にならない絵を描いていた。好きで好きで描き続けていた。誰にも見向きもされなかった。そんな絵を描くな、と怒られもした。どうしてそのように生きるのだ、と蹴り飛ばされた。それでも描き続けた結果腕を折られた。折れた腕でも腕折れはまだ描き続けた。

善意からまた悪意から、腕折れの描いた絵が称賛され始めると、腕折れの腕を折った男が、俺が腕を折ったからこのような素晴らしい絵が描けるようになったのだ、と吹聴し始めた。未熟な絵描きたちが腕折れを真似て一斉に腕を折った。世の中の絵描きには腕の折れていない者の方が少なくなった。

異端視されていた腕折れの作風が世界標準となってしまった頃、まだ腕の折れていない絵描き志望の少年が、拙いながらも数百年前に流行していたような、美しい絵画を描いた。どうしてそのような絵を描くのだ、と憤る人たちがいた。どうして絵描きなのに腕を折らないのだ、などとののしり、死に至らしめた。

腕折れは一人変わらず描きたい物を描き続けていた。金に執着しなかったために、詐欺師に全財産を持っていかれることを度々繰り返した。


※「金にもならない絵を描いて腕をへし折られた画家」はamazarashi「つじつま合わせに生まれた僕等」より


入院費用にあてさせていただきます。