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「子供の瞳の輝きの由来」#夏ピリカ応募作

 鏡原は太古より鏡が捨てられた土地の名である。捨てられた鏡同士は繋がり、交接し、増殖した。

 鏡の製法は大別すると三種類ある。硝酸銀を用いた化学反応により作る現行方式。青銅を研磨して銅鏡とした古代のやり方。生物の瞳と聖水と魔術により作られる錬鏡術と呼ばれる製法は、術師がいなくなったために廃れてしまった。

 錬鏡術の失敗作の廃棄場所、それが鏡原の起源である。生物要素が強すぎて人の手に負えなくなった鏡が、映した者を取り込んでしまったり、自ら動き回って子孫を残したりするようになった。一方で、暴走しがちな鏡を取り押さえなければならない魔術の方は、科学の発展とともに力を失った。

 鏡原は周辺の土地を侵食して鏡の数を増やしていった。乱立する鏡の塔の中、乱反射する合わせ鏡の中で、鏡達は子孫を増やした。迷い込んだ人間がいればその瞳と命を取り込んだ。自ら鏡に魅入られた人間は鏡原で鏡と交わり、人でもあり鏡でもある子を産んだ。誰もが親であり、誰もが子でもあるような関係であった鏡達は、鏡の子を慈しみ育てた。かつて鏡に映されたことのあるものは鏡原に揃っていた。食料や教材だけでなく、幸福や親子愛さえも。

 ある時大地震により鏡原は壊滅的な打撃を受ける。割れやすい性質でありながら高く高く伸びすぎた鏡は、まるでその大地震を待ち受けていたかのようにことごとく倒れて割れていった。細かく砕け散った、雪よりも細かな鏡の欠片は軽く安全な塵となり、余震で震える空気に流されて空に消えた。

 鏡原の中心には一組の男女が取り残された。彼らはかつて迷い込んだり魅入られたりした人間と、鏡との子孫であり、最後の生き残りであった。代を経て鏡的な要素は瞳の中にしか残されていなかった。

 二人は鏡に映されない自分達の肉体を初めて目にし、不安で仕方なく、寄り添い抱き合い見つめ合った。互いの瞳の中に映る自らの姿を認め、ようやく安堵した二人は外の世界へと歩き始めた。

「というのが私達の住む町『鏡原』の起源と言われている」
 町名の由来を調べて来なさい、という社会科の宿題を持ち帰った娘に、このような話をした。
「本当の話?」
「大昔の話は、本当でも嘘みたいに、嘘でも本当みたいに聞こえるものだよ」
「だから時々目がキラキラしている子がいるんだね」
「学校にいるの?」
 娘はある男の子の名前を恥ずかしそうに口にした。恋心を隠しきれていない。

 鏡原から旅立った男女は近隣の村に住み着き、子孫を成した。時は流れ、鏡のような瞳は子供時代にしか見られなくなった。その瞳は周囲の人間を魅了し、瞳の光を失っても役者となり全国へと羽ばたく人が多かったとか。やがてその村も鏡原と呼ばれるようになる。

 娘と一緒に、息子を迎えに幼稚園へと向かう。生活発表会に向けて練習中の園児達は、皆目を輝かせている。息子はこちらに気付かず、ダンス練習用に置いてある姿見の前で、一人踊り続けていた。

(1,199文字)


原案:千人伝 八十一人目 鏡原

八十一人目 鏡原

野原には草が生えている。鏡原には鏡が生えている。
鏡原に生える大小極大極小、ありとあらゆるデザイン、割れた鏡にこれから割れようとする鏡、無限に近い鏡の中で生まれたのが、地名と同じ名を持った鏡原である。
人である鏡原は鏡原に迷い込んで出られなくなった男女から生まれた。鏡原に生える鏡の中には、現物はなくとも食料を映し出す鏡があり、その前に立てば栄養を取れるし、稀に中に入ることの出来る鏡もあった。
ある日合わせ鏡の奥の奥まで入り込んでしまった鏡原の両親は帰ってくることがなかった。
鏡原は両親を探して今でも鏡原の中にある無限の合わせ鏡を飛び歩いている。



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