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西村賢太「瓦礫の死角」

 四編が収められている短編集。
 とはいっても、西村賢太氏の書く小説はそれぞれ「十七歳の北町貫多」「四十半ばの北町貫多」なので、どれも大長編の一部と捉えても構わない気がする。

『瓦礫の死角』
 十七歳の頃の北町貫多。努めていたアルバイト先をクビになり、母のいる実家に戻ってくる。母からの圧力に逆らいながら、父親がもうすぐ刑務所から出てくる頃合いだと聞かされ、不安になる。

『病院裏に埋める』
『瓦礫の死角』の続き。新しく勤め始めたラーメン屋の同僚に狙われたり、いつも見かける女子大生に恋慕したりする話。

『四冊目の『根津権現裏』』
 五十一歳頃の北町貫多。馴染みの古本屋とのやり取り。貫多が藤澤清造の著作をどのようにして蒐めているかの話。
 古馴染みでありながら、貫多の小説をほとんど読んだことのない古本屋の店主が、自分も作品に登場していろいろ書かれていることを知り合いから聞き、貫多を問い詰める場面がある。それに返す貫多の物言い。

「――うるせえな、一体いつの話を蒸し返してんだよ。あれは今年に入ってすぐぐれえに書いたんだぞ。それに、どうでぼくの書いたもんなんか誰も読んでやしねえよ。文芸誌なんて好んで読んでる馬鹿な奴らは、所詮馬鹿なだけに、何を言いたいのかまるで分からない作のみを有難がる習性があるんだから。単純に分かり易く書いてるぼくの小説なんか、ムヤミに軽んじるだけで絶対に読みやしねえから安心しろ。そもそも週刊誌や漫画誌と違って、雑誌自体が滅多なことじゃ人目に触れやしねえしよ」


 そう言いながらも、当該の部分は単行本化の際に削除する、と古本屋店主に約束する。が、結局こうして残っているし、その後のやり取りまで書かれてしまっている。

『崩折れるにはまだ早い』
 急遽頼まれた原稿を仕上げている最中に思うあれこれ、からのまさかの展開。
 そう遠くない自分の死を予感して書かれたようにも見える。

 昔西村賢太氏の小説を読んだ際は、苦痛とは言わないまでも、作業的に読書を進めがちだった。嫌悪を感じながら読むことも多かった。久しぶりに読んでみると、作風は変わらないのに、自分の目に愛情が籠もっている。訃報の効果だけではなく、自身の加齢によるものも大きい。自分も既に、晩年の側にいる。



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